大坂の陣で、真田幸村(さなだゆきむら)と並び家康(いえやす)が恐れた御宿勘兵衛(みしゅくかんべえ)、丹羽家(にわけ)の名軍師・江口正吉(えぐちまさよし)、謙信(けんしん)を寡勢で撃退した白井浄三(しらいじょうさん)など、あまり知られていない戦国時代の魅力ある人物を、デビュー当時から発掘してきた簑輪さんが、初めて幕末を描いた。その主人公とは、近江屋(おうみや)事件で、坂本龍馬(さかもとりょうま)とともに暗殺された土佐(とさ)藩の中岡慎太郎(なかおかしんたろう)だ。
「大河ドラマや司馬遼太郎(しばりょうたろう)の小説で幕末に興味を持って以来、中岡はずっと気になっていたのですが、しばらくして、当時の情勢への卓越した見解を記した、彼の著作『時勢論』を読んだのが、執筆の動機になりました」
土佐の山深い北川郷(きたがわごう)の庄屋に生まれた中岡は、庄屋見習いとして凶作の際は村のために奔走。志士として時代の嵐へ身を投じていく。一方、のちに相棒となる龍馬は、城下で豊かに暮らす、武士の身分を買った商家の出身。理屈っぽく生真面目な中岡に対し、融通無碍(むげ)で大風呂敷を広げる龍馬。性格も育ちも対照的な二人は、顔を合わせれば堅い「鰹節(かつおぶし)」と捉えどころのない「ウナギ」と互いをくさすばかり。だが、この二人が、大仕事をやってのける。
「中岡は、地道な性格ゆえ龍馬のような派手なエピソードはない(笑)。でも、当時、中岡と実際に会った人々の証言では、薩長同盟は彼の功績が大きいという声もある。また、平和論者のイメージがある龍馬に対し、中岡は強硬派で好戦的だとよく評されますが、それは、藩論が揺れた土佐藩への中岡のアジテーションを、額面通りに受け取られている面もある。むしろ知れば知るほど、地に足が着いた、先見性のある人物像が見えてきました」
粘り強く交渉し、双方の言い分から妥協点を探す。庄屋という出自から培われたアプローチで、歴史を動かした中岡。彼ならではの逸話として冒頭で描かれるのが、庄屋見習いの頃に、凶作に備えて故郷で柚子(ゆず)を植えたという話だ。諺(ことわざ)で「桃栗三年、柿八年」に続くのは「柚子の大馬鹿、十八年」。なかなか実がならない果実として知られているが、今では、高知県は柚子の生産量日本一となった。
「日本人にとって、坂本龍馬は織田信長(おだのぶなが)、宮本武蔵(みやもとむさし)と並ぶ、国民的ヒーローです。でも、龍馬の活躍も、最も信頼した相棒である、中岡の存在があればこそ。ぜひ本作で、そんな彼の生き様を、多くの人に知って欲しいです」
故郷を飛び出し、佐久間象山(さくましょうざん)、高杉晋作(たかすぎしんさく)といった、数多の志士たちに刺激を受けたことで、人間的にも成長していく快男児ぶりが、読んでいて心地よい。人と人の繋がりが織りなす歴史の妙味を、心ゆくまで味わえる快作だ。
みのわりょう 一九八七年生まれ。二〇一四年『うつろ屋軍師』で、歴史群像大賞の佳作に入選し、デビュー。一八年に『最低の軍師』で、「啓文堂書店 時代小説文庫大賞」を受賞。
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