どんな人間にも人生があり、歩んできた道がある。その〈道〉に入り、その人間の辿ってきた人生を「バックパックを背負って歩く」という行為で辿ることのできる特異能力者たちがいた――。
この独創的な設定を、破壊力抜群の真藤順丈節により、ただならぬ完成度でエンターテイメントに仕上げたのが本作である。それにしても真藤順丈作品群ではもっとも超自然色の濃い作品ではないだろうか。
路上生活者であり、〈落伍者〉のグンとタイゼンは、丹沢山中のいかがわしいカルト団体〈蒼穹(そら)の家〉のコミューンに、そこで暮すある家族の調査をするため、忍んでいる。この二人が、まずは調査家族の父親のインナーワールドの〈道〉に入っていくのだが、その目的は「秘密や弱みを握って金をまきあげるため」なのだという。だがそれは照れ隠しの偽悪的な建前で、本音は彼らの友人である少年マナブに、子供を残して、コミューンにたてこもった家族を取り戻してあげるためなのだ(とグンは思っている)。ベテランのタイゼンと、見習いの若者グンのリズミカルでユルめの会話は、何かこう気のおけない友人と軽口を叩きながら路上を歩いている気分になる。随所にでてくるリミッターの外れた罵倒が楽しい。
〈道〉に踏み込んでからは、活劇に転じる。鮮烈な映像美が脳裏に浮かぶし、随所にアクションがあり、主人公も宿敵もキャラがたっている。真藤さんには「七日じゃ映画は撮れません」という映画愛が結晶化した作品があるが、本作は、映像作品なら見せ所になる部分が多く、かなり映画向きの作品と感じる。先の見えないカーブが多く、どこに向かうのかわからない物語は、中盤から幽界の気配が一気に深まりだす。
江戸時代の随筆に〈通り悪魔〉という妖怪がでてくる。これは姿が見えず、通りを歩いていて、道行く人間に憑依するものと考えられていた。憑依された人はおかしくなってしまい通り魔などを起こす。本作を読んでいるとマグサはまさに通り悪魔ではないかと思う。霊、妖怪、悪魔、人の心に忍びこむものは、いつだって耳のすぐ後ろでそっと何かを囁き、人の心象風景に忍びこんできたのではないか。
〈道〉に踏み込んで知ることになる現実の家族の姿や、グンの周辺事情は、やるせなくて胸が痛くなる。このあたりのビターでノワールなテイストは真藤ワールドの真骨頂といったところ。
最後には、最初に開示された設定が、現実と幽界の混ざり合ったような時空を越えた世界へと広がっていく。そしてそれが読者には救いとなる。
これを執筆している現在、一月十六日。最新作「宝島」が直木賞を受賞したとの報が届いた。「宝島」は二〇一八年には山田風太郎賞も受賞している。作者が沖縄を生きる人の〈道〉に踏み込んだ会心の一撃だが、ここで紹介せずとも一番の脚光を浴びてあちこちで評され論じられるであろうから、あえてここでは触れず他作品に言及したい。未読ならば「墓頭(ぼず)」を手にして欲しい。悲痛な業をもちながらも、男気で生き抜く異形主人公と、化けものよりも酷い人間たちの為す狂気に震え、前人未踏の領域に踏み込むストーリーテリングに興奮して欲しい。あるいはイカれて、イカしたおまわりさんシド巡査の活躍する「夜の淵をひと廻り」の連作短編ミステリー基軸もお勧めしたい。リアリズムを土台にしつつ、社会からあぶれたはぐれ者に、闇の夢をひとさじ加える暗黒職人が真藤順丈なのだ。真藤氏の作品はいつだってなにかしら尖っていてビターで熱がある。文芸界を気ままに歩く天才アウトサイダー作家が積み重ねた宝が散らばる、その〈道〉をぜひとも辿るべし。
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