インタビューほか

<谷津矢車インタビュー> 江戸の猟奇事件と「歴史」の面白さ

「オール讀物」編集部

『奇説無惨絵条々』

『奇説無惨絵条々』(谷津矢車 著)

“戯作(げさく)、斯(か)くあるべし”という京極夏彦(きょうごくなつひこ)さんの帯が目を引く『奇説無惨絵条々』は、一風変わった構造の短編集だ。メインとなる話は「江戸の猟奇事件」。だがその物語の幕間に登場し、短編を読み解くのは歌川国芳(うたがわくによし)の門弟、落合芳幾(おちあいよしいく)――明治に入り、画家を引退して、新聞記者に転身した人物だ。当代きっての歌舞伎作者・河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)の元へ新作を新聞に掲載するよう依頼しにいくが、黙阿弥から、掲載の条件として台本のネタになる本を探すよう命じられる。この短編は、その過程で芳幾が出会った「戯作」(通俗小説)という位置付けなのだ。

「短編は、どれも史実を元にした物語で、たとえば『女の顔』は、婿を毒殺しようとした白子屋(しらこや)お熊(くま)の事件、『落合宿の仇討』は、幼子を手討ちにした殿様に、猟師の父が復讐するという『甲子夜話』の逸話が元になっていますが、それぞれ、歌舞伎の〈髪結新三(かみゆいしんざ)〉や映画『十三人の刺客』の元ネタでもあります。もともと『江戸の闇』をテーマに書いたこれらの短編を元に“歴史小説における物語の面白さとは何か”を描けたらと考えて、単行本化の際に、芳幾や黙阿弥が登場する幕間を加筆しました」

 歌舞伎の傑作を数多(あまた)残した黙阿弥だが、歌舞伎の「荒唐無稽な筋立」や、「如何(いかが)わしい話」を排除して、歌舞伎を演劇として近代化しようという政府の旗振りで始まった“演劇改良運動”に反抗して、一旦は筆を折ったことでも知られている。その黙阿弥の姿勢に、谷津さんは共感したという。

「当時の状況が、現在と重なるような気がするんです。歌舞伎の世界では、〈世界〉と〈趣向〉という用語があります。題材となった事件を〈世界〉、その物語を見せるための工夫が〈趣向〉です。でも“演劇改良運動”では〈趣向〉を捨てて〈世界〉のみを重視した結果、物語に奥行きや艶が失われてしまい、本来の歌舞伎を支持していた客層も離れ、運動は最終的に失敗に終わります。小説もまた〈世界〉と〈趣向〉の両輪で成り立つものだと思うんです。一方で、今の“歴史”を巡る状況も、やや〈世界〉に偏重しつつあるのではないでしょうか。史実には史実の面白さがあります。でも、そこから新たな〈趣向〉を作るのも小説の役割ではないか。自分は、猟奇的な事件のような“如何わしいもの”を題材にして、新たな〈趣向〉を生み出し続けた、かつての戯作者たちに、シンパシーを覚えます。そうして生み出されてきた“物語の力”を、これからも信じたいという自分の思いを、この作品には込めたつもりです」


やつやぐるま 一九八六年東京都生まれ。二〇一二年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。翌年デビュー。一八年『おもちゃ絵芳藤』で歴史時代作家クラブ賞作品賞を受賞。

こちらのインタビューが掲載されているオール讀物 5月号

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