格差の広がる厳しい世相に時代小説は問いかける
今回セレクトした作品は順不同の十選だが、あえてベスト1を選ぶなら、徹底した考証と骨太の物語、重厚なテーマが一体となった飯嶋和一『狗賓童子の島』を挙げる。
一八四六年。大塩平八郎の蜂起に参加した父の罪に連座して、西村常太郎が隠岐島に流された。だが平八郎の義挙に協力した父は島民の尊敬を集めており、常太郎は温かく迎えられた。著者は、大塩の乱から隠岐騒動まで幕末に全国各地で発生した庶民の蜂起は、凶作が原因ではなく、幕府が富の再分配を怠って格差を広げ、都市が地方を搾取し、政治家と大商人だけが利益を得る社会システムが原因だとする。
著者は、庶民の困窮をかえりみず私腹を肥やす政治家や役人が、どの時代にも必ず生まれるメカニズムを明らかにしていくので、なぜ現代でも社会の矛盾がなくならないのかもよく分かる。徹底して権力の“闇”を暴く本書だが、医師になり疱瘡(天然痘)の撲滅に力を入れる常太郎を始め、地道な活動で社会を変えようとする人たちの情熱も描かれるので、厳しい現実に立ち向かう勇気と希望を与えてくれるのである。
大企業の給料は上昇したといわれるが、景気回復の実感はなく、持つ者と持たざる者、都市と地方の格差は広がっている。何より、就職に失敗したり、勤務先を失ったりすると、より低い条件でしか再就職できない状況が、社会に閉塞感を与えている。
こうした世相の影響もあって、今年は、伊東潤『死んでたまるか』(新潮社)、富樫倫太郎『土方歳三(上下)』(KADOKAWA)、植松三十里『志士の峠』(中央公論新社)など、何度敗けても諦めず、再起をかけて戦い続けた幕末の軍事組織を描いた作品が多かった。この分野の代表にしたのが、文庫書き下ろしの世界で活躍している幡大介が新境地を開いた『幕末愚連隊』である。
衝鋒隊となる幕府陸軍に参加したのは、幕末の混乱で大名お抱えの相撲取りの身分を失った利助のように、食い詰めた若者たちだった。危険な前線で戦うしか道がなかった利助たちは、生きるためにブラック企業で働く現代の若者と重なる。それだけに、官軍として傍若無人に振る舞う新政府軍に、衝鋒隊が果敢に挑む展開が痛快に思えるだろう。
伊東潤『武士の碑』は、西南戦争を村田新八の視点でとらえている。
岩倉視察団の一員として欧米を視察した新八は、進んだ科学技術を称賛する一方、資本主義の発展が格差を広げている状況には批判的だった。盟友の大久保利通が進める日本の近代化が、敗者など切り捨てても構わないと考える利己的な日本人を増やすと考えた新八は、家族、領民、仲間のためなら命を投げ出す高潔な武士として死ぬ道を選ぶ。これは明治維新を旧弊を打破した革命とした司馬遼太郎『翔ぶが如く』への挑戦状であり、経済効率のみを追い求めた近代日本の問題点に迫る試みとしても評価できる。武士の魂など無用とする大久保に抗った新八の想いに触れると、競争に勝つことが重視され、優しさが忘れ去られつつある現状が正しいのか、考えさせられる。
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