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アメリカを哲学者の眼で切り取る

アメリカを哲学者の眼で切り取る

千葉 雅也

『アメリカ紀行』(千葉雅也 著)


ジャンル : #随筆・コミックエッセイ

『勉強の哲学』の刊行からまもなく、大学のサバティカル(学外研究)を利用してアメリカに四ヶ月滞在した哲学者の千葉雅也さん。ボストンのハーヴァード大学ライシャワー研究所を拠点にニューヨーク、マイアミ、ロサンゼルスへ。日米の文化比較の視点もにじむ、新しい散文の息吹がフレッシュな1冊『アメリカ紀行』からの抜粋文です。


『アメリカ紀行』 (千葉雅也 著)

 アメリカ。広い空間を、大柄な男たちがどっかどっかと歩いてくる。僕の性的な感覚は、アジア人のコンパクトな体に結びついていた。たぶんこの土地に慣れていくうちに、エロスのあり方もいくらかは再構築されるのだろう。
 モールのスターバックスで、だいぶボリュームがあるバジルソースのチキンのパニーニとアイスコーヒーを買った。名前を聞かれる。Masayaと答える。訊き返されたのでスペルを答える。エム・エー・エス・エー・ワイ・エー。そして大きな声で、公衆の面前で、ファーストネームを呼ばれる。(p11より)

 

 享楽を立て直さねばならない。エンジョイ・ユアセルフ、と自分に言う。だが、肝心のマイセルフがふわふわしている。
 トランプ大統領が、川の水面を滑走する青いスポーツカーに乗って、川べりに張り出した料亭に到着する。という珍妙な夢で午前六時に目が覚めた。先に料亭にいる僕らは大統領を歓迎し、Enjoy yourself と声をかける。大統領は皮肉っぽ
く笑い、少し間を置いて、エンジョーイ……と応じた。(p19より)

 

 僕は日本の生活のなかで、コンビニとか、和食の儀礼的(リチユアル)な面などから、自覚せずに「聖なるもの」を補給していたのだと気づく。異国に来て、それが補給できなくなっている。(p26より)

 

 アメリカには、二人称がある。日本では二人称がひじょうに希薄だ。 二人称があるというのは、キリスト教と関係があるのだろうか。 「隣人愛」なのだろうか。日本のほうが、その集団主義がよく言われるけれども、個々はバラバラなのかもしれない。僕はそう思っていて、それが好きなのだと思う。 カフェでクシャミをしたらbless you! と言われた。Thank you と返さなければならないが、はにかんでしまう。You という異物が引っかかり続ける。(p30より)

アメリカ紀行
千葉雅也

定価:1,650円(税込)発売日:2019年05月29日

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