「いまの五十歳は若くて、恋愛しても結婚してもおかしくないですよね。だけど、これまでの生き方を変えにくくなってくる世代でもあって、どこかみんな諦めた顔をしている。そういう年齢の二人が出会ったらどうなるのか、書いてみたかったんです」
主人公の青砥健将(あおとけんしょう)は五十歳。親の面倒を見るために地元に帰ってきた後、妻子とは別れて、いまは一人で暮らしている。
彼は検査に訪れた病院の売店で、中学時代にフラれた相手、須藤葉子(すどうようこ)と三十五年ぶりに再会する。葉子も一人暮らしで、次第に「互助会」と称して二人きりで酒を飲む間柄になっていくが、間もなくして葉子が大病をしていることが発覚。そこから彼女が亡くなるまでの日々を丁寧な筆致で描いていく大人の恋愛小説だ。
好きな女性が亡くなる――というストーリーは、悲恋の物語の定番でもあるが、本作はあえてその枠の中で書いてみたかったという。
「少しでも多くの人に読んでもらえるように、エンタメの王道に則(のっと)って書きたいと思いました。先行する作品は、亡くなる女性を男性の考える理想の姿として描くことが多いので、そこは発想を変えて、葉子は一人暮らしが長くてちょっと面倒くさい、どこに地雷があるか分からない女性にしました」
二人は軽自動車で出かけ、お酒も家で飲むことが多い。そんなつつましく暮らす二人の“平場”の生活を、リアルに描ききっているのも作品の魅力の一つだ。
「私が社会に出て働いていたのが二十年も前なので、今どきの職場環境が分からない。それで今回、両親の介護の都合で集中して書けない時期に、スマホを使って登録する“日雇い派遣”という形で、とびとびで三カ月くらい、さまざまな工場に行って実際に働きました。延々と袋からTシャツを出してハンガーに吊すような仕事です。そこで見た雰囲気は、この作品にすごく活かされました。お昼には菓子パンを食べながらスマホをいじっている人が多いとか、実際に見ないと分からない。そして、自分がいかに工場では仕事ができない人間かも分かった(笑)」
これからも、平場のこと、立場の弱い人々のことを描き続けていきたいという。
「書き上げたとき、『いまの私には、これ以上の作品は書けない』と、はじめて思いました。決まった枠の中で書くとなると、私の個性がなくなるのではないかと怖かったのですが、結果的には枠があったからこそ個性が出せました」
あさくらかすみ 一九六〇年北海道生まれ。二〇〇四年「肝、焼ける」で小説現代新人賞、〇九年『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞、一九年『平場の月』で山本周五郎賞を受賞。
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