デビュー10周年を記念し、2017年にスタートした湊かなえ47都道府県サイン会ツアー「よんでミル? いってミル?」。さる2019年10月5日、大阪の紀伊國屋書店梅田本店にてついにファイナルを迎えたが、このツアーの最後を飾る1冊となったのが、話題の新刊『落日』だ。節目となる作品には「やはりミステリーを」と、渾身の作を書き下ろした湊さん。『落日』への思いを聞いた。
ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」が大好きだという湊さん。結婚式の場面で歌われる劇中歌「サンライズ サンセット」の歌詞にちなみ、小説の題名を『落日』と決めた。
「日は昇り、また沈む。喜びや悲しみとともに時は流れていくんだよ―と人生を讃えていて、自分のお葬式で流してほしいくらい最愛の歌です。私はこの物語のテーマを『再生』にしたかった。『落日』という言葉は、私にとっては『再生』の象徴なんです」
物語の主人公は二人の女性クリエーター。ある日、売れない脚本家である甲斐千尋のもとに、新進気鋭の映画監督・長谷部香から脚本の相談が舞い込む。香が無名の千尋に声をかけたのには理由があった。千尋の故郷で十数年前に起きた「笹塚町一家殺害事件」を次作の題材にしたいと香は目論んでいたのだ。事件は、引きこもりの兄が高校生の妹を刺殺し、家に火を放って両親をも死に至らしめた悲惨なもので、兄には死刑判決が下っている。
実は、香もかつて同じ町に住み、被害者少女がまだ幼い頃、同じアパートの隣室で暮らした過去があった。事情があって三年ほどで笹塚町を離れてしまった香は、今、改めて、かつての隣人家庭で起こった事件を取材し、映画にしようと考えているのだ。
「事実」と「真実」の違い
「香は、典型的な『知りたい』人です。可憐な少女だった被害者がなぜ兄によって殺されたのかを調べたい。いっぽう脚本家としての千尋は、自分が『見たい』世界だけを作りたい人。被害者が自分の姉と同じ高校に通っていたにもかかわらず、当時から事件にあまり関心をもたず、正直、今さら調べてどうなるの? と思っています。
『知りたい』と『見たい』は、似ているようで全く違う気質。当初、香と千尋は、事件に対する見方も正反対で、ぶつかりあうんです。でも、そんな二人がそれぞれの視点で事件を調べ直すことで、加害者や被害者に新たな光が当たっていく。同時に、二人が各々抱えている過去を乗り越えて『再生』する物語にもしたいと思っていました」
兄によって殺された美少女は、実は恐るべき『怪物』だった――。報道、裁判記録、精神鑑定書などに記された『事実』のさらに奥に潜む衝撃の『真実』に、読者は言葉を失うはずだ。
「ある『事実』の背後に、こういう事情があったのでは? 当事者は本当はこういう気持ちだったのでは? と想像を重ねていくことは、フィクションにしかできない役割です。香と千尋は、映画というフィクションを用いて、『事実』に寄り添いつつ、その先の『真実』へと迫っていったのです」
みなとかなえ 一九七三年、広島県生まれ。二〇〇八年のデビュー作『告白』で本屋大賞、一二年「望郷、海の星」で日本推理作家協会賞、一六年『ユートピア』で山本周五郎賞。
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