- 2019.12.28
- インタビュー・対談
年末年始にオススメの傑作ミステリー! トラブル頻発の“消滅危機集落”に隠された秘密とは――米澤穂信『Iの悲劇』
「オール讀物」編集部
米澤穂信が考える「ミステリーの理想郷」と「共同体」
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#エンタメ・ミステリ
家から出たくない寒い季節の休日には、ミステリーの謎解きに浸るのが至福のひととき。年末恒例「週刊文春ミステリーベスト10」で第4位に選ばれた米澤穂信さんの『Iの悲劇』は、“誰もいなくなった”山あいの無人集落・簑石(みのいし)を舞台に、Iターン誘致にとりくむ地方公務員の奮闘を描いたミステリーだ。
公務員ならではの視点で語られる地方自治体のシビアな実情も興味深いが、なにより消滅の危機に瀕した村落の背後にある驚くべき秘密、壮大なスケールの謎解きが読みどころ。創作の背景を米澤さんに聞いた。
「2010年の『オールスイリ』(オール讀物増刊ムック)に発表した『軽い雨』が、『Iの悲劇』の第一章です。ミステリー専門誌に最初の1編を書いたわけですから、それはもう、気合いが入りました(笑)」
6年前、最後の住民が出て行ったきり無人のまま放置されていた簑石。新たに就任した市長がIターン推進を公約し、「再生プロジェクト」を立ち上げたところから物語の幕は開く。条例が制定され、予算もつき、役所には「甦り課」が新設される。課長以下、3人の公務員が任務にあたるが、なかでも出世に意欲をもち、新住民を1世帯でも多く定住させて「今後の栄達」を果たそうと野心に燃えるのが主人公の万願寺邦和だ。
ミステリーの理想郷をつくる
第一章「軽い雨」では、2組の家族が簑石に移住してくるも、さっそく騒音や火の始末の苦情が寄せられ、やがて片方の家のカーテンを焼く小火が発生。事故? それとも放火? 調査に奔走する万願寺を尻目に、その後も、養殖鯉の消失、少年の失踪と、新住民が越してくるたび“事件”が絶えない簑石――。
「ミステリー作家たるもの、一度は〝閉ざされた土地〟を舞台に据えて、ミステリーの理想郷をつくってみたいと思っていました。携帯電話や警察の科学捜査といった現代の技術が、ミステリーを書く上で邪魔になることが時々あるんです。そういった現代的な要素、状況をそぎ落としていって、純粋な謎解きのできる小空間としての共同体をつくってみたかった。
山あいの簑石では警察や救急車両が到着するのに時間がかかり、当座の対応を万願寺たちだけでしなくてはいけません。また、かつての住民が完全にいなくなったあと、外部から入ってきた人々のみによって新たな集落が形成されていきますから、住民のあいだに読者の知らない“過去の因縁”も存在しない。トラブルの原因は住民が越してきて以降の出来事のなかに限定されるわけで、まさにミステリーのための理想郷といえるのです」