- 2019.12.28
- インタビュー・対談
年末年始にオススメの傑作ミステリー! トラブル頻発の“消滅危機集落”に隠された秘密とは――米澤穂信『Iの悲劇』
「オール讀物」編集部
米澤穂信が考える「ミステリーの理想郷」と「共同体」
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#エンタメ・ミステリ
むろん、謎解きのためだけに無人集落が舞台に選ばれたわけではない。米澤さんが本作にとりくんでいた9年のあいだ、日本全国で災害が相次ぎ、行政コストと防災の観点から「限界集落で暮らす是非」が取りざたされる機会が増えた。
「どこに住むかはその人の権利ですし、その人の生き方とも深くかかわります。山あいの村落に暮らす人たちには、過去、豪雨災害に見舞われても、そのつど自分たちの土地を守って必死に生きてきた歴史がある。ところが、本書を書き始めた9年前からすでに『どうしてわざわざ限界集落に住むのか』『安全面からも市街地に集住するほうがコストがいい』との議論がありました。合理的に考えたらそうかもしれない。人口が減り続けるなか、あえて山間部に住み続ける人たちのコストは誰が負担しているんだと言われれば、言い返す言葉に窮する瞬間もあるでしょう。でもいっぽうで、その議論にどうしても与することのできない気持ちも私にはある。暮らすというのはそもそも合理的なことではないからです」
小説で書くべき何かがある
「『どこに暮らすか』という個人の生き方の問題が、共同体の論理とぶつかる瞬間がある。これは容易には答えの出ない問題です。だからこそ、そこに小説で書くべき何かがあるのではないか、と考えるようになりました。『Iの悲劇』でゼロの状態から共同体をつくったのは、このテーマを描くために必要なことでもあったのです。
もっとも、『Iの悲劇』はミステリーです。世の中のことも描いていますが、それは現実に対して警鐘を鳴らすためではありません。何といってもエンターテイメントであり、小説であり、ミステリーである。自分の考える面白いものを読者の方々にそのまま楽しんでいただくなかで、何か描き出されるものがあるのなら、それがいちばんいいと思っています」
物語の最終盤。万願寺が高台から村落を一望しつつ、ありえたかもしれない簑石の理想の姿を眼裏に浮かべる場面がある。黄金の稲穂が揺れ、バーベキューの煙がたなびき、子どもたちが遊び、秋祭りの準備が進む……。美しい簑石の景色は、結末のあまりのショックとともに、読者の胸に強い印象を残す。
「本書は、物語の中心に大きな謎を置くタイプのミステリーですから、内容について多くを語ることはできません。ただ、小説全体を通じて、根幹のテーマは実は繰り返し通奏低音として鳴りつづけている。結末を示唆するものは、常に読者の目の前に提示されています。ミステリーの伏線って、そうでないといけませんよね(笑)。
ともかく9年間かけて、ようやく書き終えることができました。作者として、万願寺にはかわいそうなことをしたな、と思わないでもないですが、読者のみなさんには楽しんでもらえるものになっていると思います」
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