- 2020.03.27
- コラム・エッセイ
【4月の注目】担当編集者の一押しコメント! 村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』(4月23日刊)
村上文学の羅針盤になる一冊
ジャンル :
#ノンフィクション
村上春樹さんから「父親のことについて書きたい」と相談されたのは、戦後70年の節目を迎えた5年前の夏の終わりでした。日中戦争の際に徴兵されて中国に出征したお父様の軍歴や足跡を調べて文章にしたいというお話でした。
お父様は2008年に90歳で亡くなられたのですが、その翌年、村上さんはエルサレム賞受賞式のスピーチで、お父様が中国での戦闘に参加したことに触れられていました。それまで村上さんがご家族や自身のルーツについて語られることはほとんどなかったので、「壁と卵」と題されたそのスピーチは強く印象に残っていました。
ですが、村上さんはお父様の軍歴を調べる決心をするまでに長い期間がかかったといいます(その理由は『猫を棄てる』の中で述べられています)。村上さんからお話があった後、微力ながら、編集部でもお父様の詳細な軍歴や配属された部隊の戦闘の記録などを調べるお手伝いをしました。そうした記録を村上さんにお届けし、村上さんの中で一つの作品として完成していくのをじっと待っていました。
そして、書き上げられた作品を拝読したとき、いろいろなことが腑に落ちたような気がしました。村上さんがなぜ長い時間をかけてこの作品に向き合われてきたのか、村上さんがなぜお父様の体験を小説ではなく一つの事実として書こうと思われたのか、また、その事実がこれまでの村上さんの小説にどのような影響を与えてきたのか――。
『猫を棄てる』は、村上文学を読むときの一つの羅針盤のような作品なのではないかと、個人的には思っています。
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