今回、村上春樹さんによるノンフィクションの書籍『猫を棄てる』で13点の挿絵(うち1点は表紙にも使用)を担当させていただいたこと、とても光栄に思っています。このお仕事を依頼するメールが届いた時、手の震えを抑えないと読めないくらいに興奮しました。興奮というより、むしろ驚いてしまったと言ったほうが近いかもしれません。
私はイラストレーションや漫画を描いた本を作るなど、インディーで出版活動をしています。最初に出版した漫画作品は『緑の歌』でした。『緑の歌』の「緑」は、実は村上春樹さんの小説『ノルウェイの森』に出てくる「小林緑」から取り、作中でも小林緑が言った「苺のショート・ケーキ理論」について言及しました。「愛というのはすごくささやかな、あるいは下らないところから始まるのよ」という緑のセリフを初めて読んだ時、とても感心し、心から「それこそ愛だ」と思いました。緑のような人になりたいです。
私は村上さんの作品から多くの影響を受け、一人の読者として、村上さんの作品を読むだけで十分幸せでした。ですから、自分が村上さんの本にイラストを描かせていただくなんて考えたこともありませんでした。私に仕事を依頼した編集者さんとデザイナーさんは、私が村上さんのファンだということをご存知なかったようです。本の表紙の仕事をいただいたのも初めてのことで、しかもそれがなんと村上さんの作品です。私が描いた絵を通して、私を見つけて下さったということで、感謝しかありません。
『猫を棄てる』は、村上さんが子供の頃に兵庫県の夙川に住んでいた時、父親と一緒に海辺に一匹の猫を棄てに行った場面から始まります。
「夙川沿いに香櫨園の浜まで行って、猫を入れた箱を防風林に置いて、あとも見ずにさっさとうちに帰ってきた。」
もちろん私は夙川に行ったことがないし、写真さえ見たことがないけれど、村上さんの文章を読んでいくと、まるで自分も昭和30年代の初めという当時の風景を見たような気になりました。
海辺、防風林、そして作品の最後に出てくる松の木などは、私が以前からよく描いていて、とても好きなモチーフだったので、頭の中には描きたいシーンがいっぱい出てきました。挿絵の制作については何の制限もなく、私の自由に描いてよいとのことだったので、最初はとても順調に進んでいました。しかし、とんでもなく大きな仕事をいただいて芽生えた責任感が、徐々にプレッシャーに変化していきました。自分の絵はまだまだ何かが足りないと悩み、何回も修正させていただきながら、やっと完成させることができました。
村上さんと編集者さんやデザイナーさんが私を信頼してくださり、自由に創作させてくれたことに、心より感謝しています。今回のお仕事も、これまでに起きた様々な素敵な出来事も、ただ必死に絵を描いている私にとっては、夢にも思わなかったことばかりです。このすべての奇跡は、「創作の力は、私たちをもっと遠くて、想像できないところまで連れていく」ということの証明だと思っています。
高妍(Gao Yan・ガオ イェン) 1996年、台湾・台北生まれ。台湾芸術大学視覚伝達デザイン学系卒業、沖縄県立芸術大学絵画専攻に短期留学。現在はイラストレーター・漫画家として、台湾と日本で作品を発表している。自費出版した漫画作品に『緑の歌』と『間隙・すきま』などがある。2020年2月、フランスで行われたアングレーム国際漫画祭に台湾パビリオンの代表として作品を出展した。
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