浅葉なつさんの文庫書下ろし小説『どうかこの声が、あなたに届きますように』が、「読者による文学賞」第一回受賞作に選ばれました。
ネット上で一般読者が「自分の推し」の一冊を推薦、選考を経て受賞作の決定まで、すべてを有志の読者が運営する「読者の読者による読者のための賞」を創設した、主催者の末祐一郎さんにお話を伺います。
この度「読者による文学賞」を作ろうと思われたのは何故でしょうか? ご自身は出版業界とはまったく関係のないお仕事をされていました。
新卒で人材の会社に入社し、そこで四年間働いて昨年独立をしました。賞を立ち上げようと思ったきっかけは、純粋に一読者として「良い本を読みたい」という思いからです。
「売れている本」「出版社がお金をかけてPRしている本」「書店が売りたい本」がどうしても目につく中、そういう“バックアップを受けた本”以外の中にもたくさんあるはずの良い本はどうやって見つけたらいいのか。
その悩みを解決する形を考えるうち、「読者が面白いと思う本を他の人に進めてもらうのはどうだろう」と。民間の文学賞はすでにありましたが、どれも「得票数で決まる」もので、つまりは事前の認知度がものを言う。なので、得票数に影響されない仕組みを持った文学賞を生み出したかったんです。
賞の定義、末さんの思い、選考方法・選考過程はすべてツイッター、note、フェイスブック、公式サイトで公開されています。
最初は友人と二人だけの話し合いで始まりました。文学賞のアイデアをツイッターで呟いたら大きな反響をいただき、そこから本格的に活動を始めたんです。現在は、読書に熱い思いをもつ一般の方9名が選考委員、それとは別に運営活動を支援してくださっている3名の方、合計12名ほどのスタッフです。年齢は20代から50代、学生さんも会社員も、海外在住の方も。各委員の好きな本、選考理由も過程もすべてネットで公開しています。
『どうかこの声が、あなたに届きますように』が選ばれた過程を教えてください。
2019年に出版された作品の推薦を公募し、121票いただきましたが、ノンフィクションやエッセイなどのジャンル違い、発売年違い、重複を省き、71作品が対象となりました。選考委員7名が各10冊~11冊を読んで「無条件で推す1冊」を各自選びます。この7冊のほか、「読者投票で選ぶ対象1冊」も各自で推薦していただき、その7冊を一般投票で3冊にしぼりました。(最終選考の対象となった10冊は一番下に掲載)
最終選考会はコロナ自粛によりオンライン会議でしたが、計7時間にもなりました。(これも動画で公開しています)
私を含めた3名の最終選考委員が、まず「受賞作はこれだ」と思う作品を挙げた時、既に「どうか」で満場一致だったんです。選んだ背景には、選考委員それぞれの理由がありますが、あえて公約数的な要素を挙げるのであれば、「物語がもつ前向きさ」「圧倒的に感情移入させる力」でしょうか。
斜陽業界と言われるラジオ局を舞台に、主人公の小松夏海が懸命に生きるこの物語で、各自の共感したシーンや人物の話で盛り上がってしまいました。「今、不況の出版業界において良い本を届けようとする私たちは、マイクの前に立った夏海なんだ!」という言葉も出ました(笑)。
もともと「誰か個人にとってのベスト」を集約した選考形式である以上、客観的な基準を設けて優劣をつけるのは無理筋ですし、自分たち素人には表現力・技巧面での判断はできません。だからこそ、「もっと多くの人に読んでもらいたい一冊」という気持ちを基本として選出させていただきました。
選考委員のおひとりはnoteで「肯定も否定も同じ意見ですし、それぞれ様々な境遇にあるのですから、絶対的な1冊というものは出てこないと思っています。大事なことは、この賞は「読者がえらぶ」賞なのです。(中略) 賛否両論色々あって、その中でもその年の1冊を決める過程は全部公開される。楽しいと思いませんか?」と、次回への参加を読者に呼び掛けていらっしゃいますね。
「本屋大賞」創設者のおひとりの方にお話を伺ったり、信用度や知名度、仕組みなど多くの課題をクリアしつつ、賞を大きく育てたいと思っています。
昨年12月に推薦作の公募を開始してから約4カ月かけて選ばせていただきましたが、第一回に『どうかこの声が、あなたに届きますように』と出会えたことは天祐だと思っています。本当に素晴らしい物語をありがとうございました!
<最終選考対象 10作品>
『セバット・ソング』
著・谷村志穂 (潮出版社)
『日歿堂霊怪日録: 遺品整理屋はいわくつき』
著・岡本七緒(宝島社文庫)
『うつせみ屋奇譚 妖しのお宿と消えた浮世絵 』
著・遠藤由美子(角川文庫)
『線は、僕を描く』
著・砥上裕將(講談社)
『流浪の月』
著・凪良ゆう(東京創元社)
『オカシナ記念病院』
著・久坂部 羊(KADOKAWA )
『Unnamed Memory 青き月の魔女と呪われし王』
著・古宮九時(KADOKAWA )
『幸福の劇薬 医者探偵・宇賀神 晃』
著・仙川環(講談社文庫)
『千歳くんはラムネ瓶のなか』
著・裕夢(ガガガ文庫)
『どうかこの声が、あなたに届きますように』
著・浅葉なつ(文春文庫)
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