『どうかこの声が、あなたに届きますように』浅葉なつ――立ち読み
- 2019.08.22
- ためし読み
OP オープニング
ラジオカセットレコーダー。
通称ラジカセ。
コンパクトカセットレコーダーに、ラジオチューナーを内蔵した音響機器。今やすっかり見かけなくなってしまった、時代遅れの産物。
ラジカセに附属した選局のツマミを慎重に回し、多少のノイズが入り込もうとも、目的の声や音楽が聞こえてくればしめたものだった。AMを聴きたいときは、本体を持って部屋の中をうろうろし、FMが聴きたいときは銀のアンテナを目いっぱい伸ばし、やっぱり部屋中をうろうろして、ちょうどいい絶妙な角度で固定する。これからも番組を聴き続けたいときは、その位置と角度を何が何でも死守するのだ。
そんな話をしたら、彼女はしかめ面で、結構面倒くさいですねと一蹴した。
「あー緊張する緊張する緊張し過ぎて吐きそう」
「今更素人みたいなこと言うな」
「あれ? 黒木さん台本は?」
「小松、俺に台本が必要だとでも思ってんのか」
「普通に思ってますし、普通に控室に忘れてきましたよね? 実は緊張してます?」
「弁当食えばよかったかな」
「知りませんよ! 真崎くん、悪いけどこのおじさんの台本取ってきて!」
やれるか? と尋ねたら、
彼女は肝の据わった顔で「ここに来てやらなきゃ嘘でしょ」と言った。
聴き慣れたジングルの後で、ディレクターのキューを合図に弾丸の如く飛び出す声の塊。
それを聴くたびに未だ背中を鳥肌が走ることを、あえて彼女には伝えていない。判断するのはリスナーだ。後はすべて委ねてしまえばいい。時代が巡って、いつかラジカセすら知らない子どもたちが増えたとしても、音の向こうの世界を想像させるという、自分たちの仕事はきっと変わらないのだから。
今日も、想うことはただひとつ。
どうかこの声が、あなたに届きますように。
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