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豪華寝台列車の先駆けとなった「上野発の夜行列車」散り際の輝き

豪華寝台列車の先駆けとなった「上野発の夜行列車」散り際の輝き

文:小牟田 哲彦 (作家)

『寝台特急「ゆうづる」の女』(西村 京太郎)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『寝台特急「ゆうづる」の女』(西村 京太郎)

新しい個室寝台の旅の可能性を予感させた

 本作品に描かれている「ゆうづる」の個室寝台の様子は、「北斗星」での本格デビュー以前の、まだ愛称もなかった試験運用的時期の貴重な車内レポートともなっている。

 

この個室のドアは、内側から、カギが、かかるようになっている。

と、いっても、カンヌキがかかるだけである。

カギ穴はあるが、キーは、渡されていなかった。

従って、外へ出た時は、部屋には、誰でも入れる状態になってしまう。

 

 国鉄時代の東海道ブルートレインでは、個室のカギは乗客に渡されなかった。だから、室内にいるときは内側からカギをかけられるが、トイレや洗面所や食堂車へ行くときは、個室を無人にしたまま部屋を空けなければならなかった。

 その方式が、「ゆうづる」でも踏襲されていたのだ。単なる車内設備とサービスの描写だが、昭和62年当時の旅客の安全やプライバシーに対する考え方が、現在と大きく異なっていたことを窺わせる。

 個室寝台のカギは「北斗星」以降、旅客に貸与されたり、カードキー方式に改造されたりするようになった。ただ、そうすると、「外へ出た時は、部屋には、誰でも入れる状態」にはならない。「ゆうづる」時代だからこそ、ミステリーの一部となり得たのだ。

 一方で、作中の登場人物に、こんな所感を抱かせてもいる。

 

「さくら」の一人用個室に乗った時は、その狭さに往生したが、こちらは、二人用だけに、かなり広くて、圧迫感はなかった。

 

「さくら」とは、東京~長崎間を走る東海道ブルートレインである。室内のテレビやライティングデスクについての細かな説明や、同乗の若い女性の嬉しそうな様子のくだりと合わせて、広々とした室内から、既存の個室寝台とは一線を画した新しいタイプの夜行列車の旅を予感しているようだ。それは、取材で全国の夜行列車に乗ってきた作者自身の感想でもあるのだろう。

 だが、本編の末尾に「おことわり」として「寝台特急『ゆうづる5号』および青函連絡船は昭和63年3月12日で運転中止となりました」と注記されている通り、この東北初の個室寝台車は、デビューから一年も経たずに姿を消してしまった。実際には前記の通り、「北斗星」へと発展的に統合して試験的な運用が予定通り終了しただけなのだが、その後、「ゆうづる」に再び個室寝台が連結されることはなく、平成5年11月限りで定期運行を終了している。今は、常磐線に夜行列車が走っていたことを知る人も少なくなりつつある。

 トラベルミステリーの第一人者である作者は、個室寝台が長らく東海道ブルートレインの専売特許のような存在だったことを、よく知っていたはずである。その個室寝台が初めて東北の地を走ることにいち早く目をつけ、本作品で初めて、東北の地で個室寝台のトラベルミステリーを実現させた。その先見の明は結果として、明治以来の伝統を持つ常磐線回りの「上野発の夜行列車」が散り際に見せた、徒花のような一瞬の輝きを見事に切り取っている。

文春文庫
寝台特急「ゆうづる」の女
十津川警部クラシックス
西村京太郎

定価:803円(税込)発売日:2020年08月05日

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