国鉄時代から毎月発行されている『JTB時刻表』(国鉄時代は『交通公社の時刻表』)の巻頭に、列車や車両の種類を示す記号の説明欄がある。そこに、流れ星をイメージした「寝台特急」のマークが載っている。平成30年現在、時刻表上でこのマークを冠している定期列車は東京発着の「サンライズ瀬戸・出雲」の1往復しかないのだが、これは昭和40年代後半から国鉄が展開した「星の寝台特急」という広報キャンペーンの名残である。当時、国鉄は寝台車主体で編成された特急列車について、時刻表上の列車種別欄で通常の「特急」とは別のオリジナルマークを付けるなどして、寝台特急のイメージアップを図っていた。
この闇夜を貫くような流星マーク、かつては白黒部分を反転させて、白地に黒い星が描かれる「寝台急行」バージョンが存在した。最後の定期寝台急行は東京〜大阪間を結んでいた「銀河」で、平成20年3月まで東海道本線を走っていたから、覚えている人もまだ少なくないだろう。「銀河」は長らく、全国唯一の定期寝台急行であった。
「天の川」の由来
では、「銀河」の前に消えた寝台急行は何か、と聞かれると、鉄道愛好家でも即答できる人は激減するのではないだろうか。その正解が、本作品の舞台となった「天の川」である。定期運行が廃止されたのは昭和60年3月のダイヤ改正時で、「銀河」廃止の23年前。東北・上越新幹線の上野〜大宮間開業に伴い、新潟方面への旅客輸送の役割を新幹線へ譲ることになっての引退であった。
「天の川」は昭和38年6月、それまで上野〜新潟間を走っていた準急「越後」を急行に格上げし、寝台車主体の編成へと衣替えすることによって誕生した。当時、国鉄の列車名は特急列車に日本を代表する事象や鳥、花、昼間の急行には旧国名や地方名、著名な観光地・山・川の名称、そして夜行急行には天体の名をつけるという基準があった。「銀河」も「天の川」もその慣例にならった命名だが、新潟発着の夜行急行を「天の川」と名付けたのは、『おくのほそ道』に詠まれた「荒海や 佐渡によこたふ 天河(あまのがわ)」という松尾芭蕉の句に由来するとも言われている。「スーパー〇〇」などの列車名が氾濫する平成の特急列車群に比べて、昭和の優等列車名には端的で奥深いものが多かった。
「ブルートレイン」ブームを牽引
当初は座席車も連結していたが、誕生翌年の昭和39年には寝台専用急行となる。そして昭和47年3月のダイヤ改正で新潟〜秋田間への延長運転が開始され、昭和51年10月、使用される客車が20系という寝台専用車両に置き換えられた。この20系客車による上野〜秋田間の寝台急行という状態が、昭和60年の定期運行廃止まで続く。それが本作品に登場する廃止直前期の「天の川」の姿であり、本文中にも「20系」という車両形式が何度も明示される。西村京太郎作品としては珍しく、車両のイラストまで挿入されていて、客車の形式の存在感が随所に表れている。
そこからは、20系という寝台車が、単に鉄道愛好家受けするだけのマニアックな車両ではなく、少なくとも夜行列車を頻繁に利用する一般客にとってはよく知られた存在であったことが窺える。だからこそ、西村京太郎トラベルミステリーの舞台となり得た、とも言えるだろう。日常的な鉄道風景や運行状況の中に隠されたトリックは、西村京太郎作品の真骨頂である。
20系客車は昭和33年、東京〜博多間の寝台特急「あさかぜ」でデビューした。他の形式車両と連結することを考えず、20系に属する客車のみで一つの列車を編成する「固定編成」という考え方を初めて採用。編成の中にディーゼル発電機を積んだ電源車を組み込んで、冷暖房、車内灯、食堂車の電気レンジや冷蔵庫など車内の全電力を賄った。一般の家庭に冷房や電気レンジなどなく、宿泊施設であっても冷房が効いているのは一流ホテルに限られていた時代だったから、とりわけ夏場の居住性は他の客車とは天と地ほどの差があった。そのため、新幹線開業前で長距離の移動には夜行列車を利用することが当たり前だった当時、オール電化・冷房完備の20系寝台車は“走るホテル”と称賛され、ビジネス客の絶大な支持を集めたのである。
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