恋も汗もない“青春”の記憶
『ツ、イ、ラ、ク』で中学校を、『彼女は頭が悪いから』で大学を舞台にした姫野さん。この度の新刊は、一九七〇年代半ばの滋賀の県立高校が舞台だ。
六十代の乾明子は、コロナ禍で、ふとしたきっかけで高校時代を思い出す。暗い家庭の中で身を縮こませるようにしていた当時の居場所は学校だった。
「自分の青春時代を描くと、思いの丈ならぬ“思い出の丈”を情感たっぷりに叫びがちですが、そうではなく、同世代以外の人にも伝わるように書きたかったので、落語の地噺のように所々に当時の説明を挟みました。そのためには、大人になってから当時を振り返る視点も必要でしたし、そうすると自然と自分が投影されていったんです」
ニュースでしか知らない学生運動、大学生が参加するバラエティ番組『ラブアタック!』、大好きなミッシェル・ポルナレフ……。当時を彩った固有名詞がちりばめられつつ、描かれている心情や、若さゆえの過剰な自意識には、誰しも心当たりがあるはず。まだスマホもコンビニもなかった頃、地味な生徒だった明子が牧歌的な高校で過ごした日々は、青春という言葉から連想するようなキュンとする恋愛や、部活で流す爽やかな汗、逆に、苛烈なスクールカーストもない。だが、そこにあった十代特有の繊細な感情は、やはり“青春”そのものだった。
共学ならではの男子と女子のやりとり。その楽しさと、そこに潜む無邪気な残酷さも読みどころだ。
「男子が性的なことをあけすけに話すのに理解を示すのが、女子として良いことだと思っていたんですね。それができると、男女を越えていろんな話ができて面白かったんです。ただ、今なら、逆に女子がそんな振る舞いをすることは許されないし、容姿が劣るので男子から異性として見られないぶん、“話のわかる女子”という立ち位置を得ようとすることが、一種の幼い無知であったこともわかります。それでもやっぱり、共学って楽しかったし、いい経験だったと思うんです」
明子が進級した「3の7」は、音大美大を目指す生徒と体育が得意な生徒、それに理系志望者たちがごちゃまぜになった新設の「芸術クラス」だった。
「“いっしょにトイレに行く人が決まっていない”と書きましたが、私が三年の時にいたのもそんなクラスでした。みんな勝手気ままで、大人の距離感を保っていて、なんでもないことがすごく楽しかった。直木賞のパーティーに集まってくれたのも当時の同級生です。大人になってからも、このクラスで過ごしたことは私の支えになっています」
ひめのかおるこ 一九五八年滋賀県生まれ。九〇年『ひと呼んでミツコ』で単行本デビュー。『昭和の犬』で直木賞を受賞。二〇一九年、『彼女は頭が悪いから』で柴田錬三郎賞受賞。
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