「誰にも一冊は小説が書ける」と言われる。人間の人生というもの、誰でも小説になるほど変化に富んでいるからだ。「自分の一生は平凡で何もなかった」と思い込んでいる人も、よく振り返ってみると、物語に満ちている。
同じことが、「地方」にも当てはまる。
すなわち、どのような地域にも物語がある。これを探り、そして気づき、どう生かしていくか。それができるかどうかで、地域の運命は決まる。
そうした知恵と工夫と努力と挑戦がある限り、人の住む地域はなかなか滅びるものではない。地方の現場を歩き続けてきたからこその確信だ。人間の原理とでも言えるのではないかと思う。どんなに小さな集落であっても、またどんなに自然環境が厳しくても、この「原理」は変わらない。
ところが、地域の自信を粉々に砕くような“事件”があった。
元岩手県知事で、第一次安倍晋三内閣で総務大臣を務めた増田寛也氏らのグループが「消滅可能性都市」という言葉を案出し、「全国八百九十六の自治体が消滅しかねない」と主張したのだ。千七百九十九の市区町村に一律の基準を当てはめただけに近い雑な論考だったが、出版されるとベストセラーになり、「ダメ」の烙印を押された地域は一様に意気消沈した。
第二次安倍改造内閣は、この論考の直後に「地方創生」の施策を打ち出した。まるで出来レースのようにして、窮地に陥った人々を助けるべく、月光仮面のごとく首相肝いりの施策を登場させたのである。
だが、「安倍月光仮面」には地域を救えなかった。訪日客の誘致(インバウンド)や、都市をターゲットにした地方税の収奪合戦(ふるさと納税)では話題になったが、これらがどこまで地域に活力を与えたかは疑問だ。失敗したのは、地域それぞれの物語にじっくり耳を傾けなかったからではないかと思う。つまり、地域がもともと持っている力に目を向けなかった。
そんな時だからこそ、地域が育んできた物語を描きたい。人々の知恵と工夫と努力と挑戦を伝えたい。ここにこそ地域が生き延びるための鍵があるはずだ――。そんな思いで四十七都道府県から一カ所ずつ選び、月刊『文藝春秋』(二〇一六年九月号~二〇二〇年九月号)で「地方は消滅しない」と題して連載させてもらった。「特別編」として報じた西日本豪雨(二〇一八年)や台風十九号災害(二〇一九年)についての記事を除き、四十七回分をまとめたのが本書である。
長い連載だったので、その後に変化が訪れた地区もある。各都道府県一カ所ずつというルールを設けたため、取り上げられない地区も多かった。また別の機会に報告したいと思う。
連載を通して見えてきたのは、人間の持つ底力だった。汗する人々の背中からは「簡単に滅びるなどと言ってくれるな」という声が聞こえた。まだまだ日本は捨てたものではない。(なお、登場人物の年齢や肩書、数字などは取材当時のものです)
(「はじめに」より)