- 2021.03.01
- インタビュー・対談
中年女性同士の心中の動機に迫る――『灰の劇場』(恩田 陸)
「オール讀物」編集部
Book Talk/最新作を語る
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
フィクションはどう作られる
小説家の「私」はデビュー直後の一九九四年、同居女性二人が奥多摩の橋から飛び降り自殺したという短い新聞記事を目にする。以来、小さな棘として引っかかっていたこの事件を、時を経て小説化しようと決意した。
「この記事は実在したものです。目にした約二十五年前は年配の女性二人が同時に自殺したと思い込んでいたのですが、編集者が当時の記事を探してくれたところ、二人は四十代中盤。いまの自分より年下だったことに驚きました。ルームシェアが一般的ではなかった時代に、大学の同級生だったとはいえ二人がなぜ同居し、そして心中したのか。作中でも書きましたが、これを小説化することは宿題だという思いが、私の中にずっと残っていたんです」
本作は「0」「1」「(1)」という三つのパートがランダムに並べられて進行する。「0」は恩田さんを思わせる「私」が二人を小説化しようとする過程、「1」は「灰の劇場」というタイトルで二人を描いた小説内小説、「(1)」は小説出版後に「灰の劇場」を舞台化するまでの様子だ。
「物語が生み出される瞬間は『0』から『1』になると、よくたとえられますよね。でも、小説を原作にした演劇や映画は『1』が基ではあるけれど、同じものではない。また、他人のフィルターを通したからこそ別のメディア作品になるので、『(1)』のカッコにはフィルターの意味も込めています。最初は色んなバージョンの、二人が心中した理由や状況を描いた小説にしようと考えていたんです。ただ、実際に書き始めると、“事実に基づいた創作とはなにか”に興味が移っていきました。結果、フィクションが作られる過程をドキュメント風に描く小説になったんです」
著者が目にした記事では、二人が実名で報道されなかったことから、「1」パートでは、MとTというイニシャルで彼女たちは描かれる。夏目漱石の『こころ』のように、イニシャルだからこそ迫ってくる生々しさに読者は圧倒されるに違いない。そして恩田さんしか描くことができないであろう、心中の動機とは――。
「よく、人が自殺すると周りは『あの人は自殺するようには見えなかった』なんて語りますが、案外些細なきっかけが人を死に向かわせると思うんです。もし新聞記事を見た直後に小説を書いていたら、もっとドラマチックな、ミステリー色の濃い展開にしていたと思います。長い間寝かせておいて、彼女たちの年齢を越えてから書いたことで、こういう結末になった気がしますね」
おんだりく 一九六四年生まれ。九二年「六番目の小夜子」でデビュー。二〇〇五年『夜のピクニック』で本屋大賞、一七年『蜜蜂と遠雷』で直木賞と二度目の本屋大賞を受賞。
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