直木賞本賞と同様に、高校生直木賞もまずはじめに投票と議論を繰り返す。各作品についての討議を終えた時点で投票したところ、はじめは四位だった『オルタネート』の評価が高まり、『雲を紡ぐ』に迫った。
それで、ここからは『雲を紡ぐ』と『オルタネート』に絞って議論が行われた。
・何をもってこの傾向の違う二作品を比べればよいのか。自分は純粋に自分自身のおもしろさを軸にしたい。
・他人に薦めることより、高校生としてどう読んだかが重要ではないか。
・たんなる読みやすさやおもしろさだけでなく、作品にこめられたメッセージも大事にしたい。
・テーマという意味では『雲を紡ぐ』の〈壊れかけた家族はもう一度一つになれるのか〉というのは重要なものだろう。『オルタネート』に比べてありふれているかもしれないが、逆に、ありふれたものをこれほど美しく表現できるのが魅力。主人公だけでなく、周囲の人々の言い分がわかる。高校生の視点からすべての年代の人に薦められる。
・自分は『雲を紡ぐ』の舞台と地元が近く、この作品に描かれる情景をまさしく目の当たりにしている。非常に優れた描写だと思う。
・実際に自分が不登校になった経験のある人はあまりいないかもしれないが、周囲にはよくある。そういう人たちに寄り添うためにも『雲を紡ぐ』はよい物語。
・自分でやりたいことがわからない高校生に届けたい。家族同士の確執など嫌な部分もあったが、読後感はよかった。主人公の成長はこの物語のあとも続いていくだろう。『オルタネート』は今後の自分の人生に影響を与えない。
・『オルタネート』は軸の異なる三つの視点がわかりにくいが、それが最後に重なり合うことこそが魅力。SNSが怖いだけのものではないということを伝えている。
・ただ、『オルタネート』はSNSの負の面を描いていないのではないか。自分はインスタなどでアカウントを十個以上持っていて、そこでずいぶん怖い思いをしてきた。『雲を紡ぐ』にはそういう現実の負の部分が母親を通じて示されている。
・『オルタネート』はいろいろな問題を詰め込みすぎたように思える。
・いや、一般的にSFやファンタジーなどでは、たとえば地球に生えていない植物がでてきても、それをいちいち説明したりはしない。『オルタネート』にも同性愛などの問題が未消化のまま並べられているように見えるかもしれないが、それはあまりクローズアップして考えるものではなく、そうしたものが既に日常に溶け込んでいる世界として描かれている。あまり社会的なメッセージに囚われるべきでなく、テーマは一貫して「青春」であり、恋愛と部活とで引き裂かれるが、それこそ両立の難しさ、高校生としての未熟さを示しており、それこそが青春。そこは近未来の世界でも変わらない。
・『オルタネート』は全体の雰囲気が文化祭のよう。準備が楽しく、本番盛り上がって、後夜祭があって、最後に余韻を残して帰る感じがいい。
・校内では『オルタネート』の評価は高くなかったが、ここまでの議論を聞いて、自分の感動は間違っていなかったとおもった。今生きている世界をここまでリアルに切り取っている作品に出合ったのははじめてだった。SNSを使っていろんな人とつながっている実感が描かれている。『雲を紡ぐ』は読んでいる途中は夢中だったが、高校生にしては幼く、もっと深い秘めた思いがあるはずという気がする。
・『オルタネート』は三人の感情の振れ幅をていねいに描いていて、それが終盤で読者の心に痛みを覚えさせる。大人になったら感じられないかもしれない青春の痛み。他の作品よりもその痛みが深い。
・家族愛か青春か。美しいのは『雲を紡ぐ』で、うまいのは『オルタネート』。
残った二作を巡っての激論は尽きないが、ここで最終評決。集計の時間がこれほど長く感ぜられた本選もなかった。結果は十六対十六の同数。発表されたときの参加者一同の驚きの表情は忘れられない。
ここからさらに議論を重ねるかどうか参加者たちに尋ねたが、四時間かけてのこの同票にはそれだけの重みがあると判断された。高校生直木賞はじまって以来の二作同時受賞となった。
議論が終わってもまだ話し足りない者たちは、チャットを使って話し込んでいた。ここで築かれた関係が、なんらかの形で今後も残ること、そして来年もまたこうした議論を楽しんでくれる高校生が大勢現れることを願いつつ、本選の報告とする。