- 2021.12.14
- コラム・エッセイ
「化粧が写真に写らない」――12月15日発売 ジェーン・スー『ひとまず上出来』からエッセイ公開!
ジェーン・スー
『ひとまず上出来』(ジェーン・スー)
ジャンル :
#随筆・エッセイ
化粧が写真に写らない
突然ですが、大事なことなのでよく聞いてください。先達として皆さんにお伝えしたい衝撃の事実があります。四十代になると、どんなにメイクをしても、化粧が写真に写らなくなる珍現象が起こります。マジでマジック。
SF作品などに触れて生じる不思議な感動のことを「センス・オブ・ワンダー」と言うそうですが、これはまさに四十代のセンス・オブ・ワンダー。以前、対談した漫画家の伊藤理佐さんが「化粧をしても写真に写らなくなったので、メイクをやめた」とおっしゃっていたけれど、ようやく私にも、それがわかる日がやってきた。四十五歳くらいから、いままでと同じ化粧をしても、写真の私はすっぴんに見えるようになりました。
己のツラを観察すると、顎(あご)やら目やら眉やらの輪郭が、ぼんやりしてきたように思います。お香典の袋に署名する薄い墨ペンで描いたような顔。輪郭なんて水彩画だよ。加齢のせいで地の顔が薄くなり、以前と同じメイクでは底上げ不足になったということなのかしら。
ファンデーションの厚塗り、チークの入れすぎ、ひじきマスカラに象徴される昭和のおばちゃんメイクは「化粧を写真に写そう」という努力が明後日の方向に向かってしまった結果だったのかもしれません。令和を迎えたネオ中年の我々は、同じ轍(てつ)を踏んではならぬ。
さて、どうしよう。私が目をつけたのはコントゥアリング、いわゆるキム・カーダシアンメイクでした。「いわゆるなんて言われてもわからないわ」という方は、「キム・カーダシアン メイク」で画像検索を。顔面の立体感を強めに演出する手法ですが、我々もついにこれに手を出す時がきたのです。
善は急げと、キムがプロデュースするKKW BEAUTYをネットで注文しました。二週間ほどで届いた商品は、クレヨンのような質感に八丁味噌のような色をしたコントゥアスティックと、目がくらむほどにキラキラと輝くハイライトパレット。え、こんなの顔に塗ってもいいの? と躊躇(ちゅうちょ)する質感でした。舞台メイク用化粧品という風情です。CATSになりたいわけではないのだけれど。
まずは言われた通りにやってみようと、使い方に倣(なら)って顔面に線を描けば、鏡に映った私は石井竜也かデーモン小暮。本当にこれで大丈夫?
続いてチュートリアルの通りに線をぼかしてみると、肌馴染みは良いものの、休日の石井竜也ぐらいにしか薄まってはいません。休日の石井竜也のことはなにひとつ存じませんが、鏡の中の私はそんな感じに見えました。
米米CLUBの大ヒットソングと言えば「君がいるだけで」がそのひとつですが、あの曲は一九九二年リリースだったんですね。もう三十年近くも前の話ではないか。ドラマ「素顔のままで」の主題歌だったはず。
三十年経ったら、米米メイクをしたって「素顔のままで」状態になるだなんて、現実は常に予想を軽々と超えてきますね。三十年前の私は十九歳。ちょっとお化粧しただけで濃く見えちゃったあの頃が懐かしい……。
さて、三十年後の私よ。とにかく問題は、化粧が写真に写るか否かだよ。撮影のある取材日、私は満を持してコントゥアリングメイクで挑みました。そして……モニターを見てびっくり。噓でしょ。めちゃめちゃちょうどいいじゃない!
赤や緑や青といった派手な色を使わないので厚化粧の印象はゼロ。陰影をつけたおかげで顔の凹凸がハッキリしただけでなく、表情まで生き生きとしているように見えます。写真って不思議だわ~なんて思ったところに、通りかかったスタッフが一言。
「今日のメイク、ナチュラルで素敵です!」
ああ、そう。写真だけじゃないのね、現実もなのね。四十代は米米CLUBでちょうどいい。どうやら私の視界も認識も、相当ぼんやりしているようです。