- 2021.12.13
- コラム・エッセイ
「ジャストサイズを更新せよ」――12月15日発売 ジェーン・スー『ひとまず上出来』からエッセイ公開!
ジェーン・スー
『ひとまず上出来』(ジェーン・スー)
ジャンル :
#随筆・エッセイ
ジャストサイズを更新せよ
ブラトップがひとつダメになってしまったので、しまむらへ行きました。欲しい色は黒。しかし、私のサイズは欠品中。仕方ない、いつもよりひとつ大きめのを買うか。
次はパンツ(アンダーウェア)をチェック。私はおへそが隠れるタイプのパンツを好みますが、尻が大きいせいで下に引っ張られるのか、いつのまにかおへそが出てしまうことが多いのが玉にキズ。でも、「まあ、こんなもんか」と思っていたのです、この日までは。
しまむらには3Lや4Lなど、大きなサイズのデカパンが格安で置いてありました。上には上がいることを知って気が大きくなったのか、パンツもいつもよりひとつ大きいサイズを買いました。笑ってしまうくらい大きい、絶対に絶対におへそが隠れるであろうパンツを。
翌朝、いつもよりひとつ大きめサイズのそれらを着用し、上から洋服を着ました。そして、驚いた。尻の形も胸の形も、いつもよりずっと良いのです。ブラトップは胸が横に潰れてしまうことが多かったのに、今日は胸の丸みがきちんと保たれている。ブラトップが悪いのではなくて、サイズが合ってなかったのね。
かと思えば、別の日にプロのシューフィッターに見てもらったら、ハイヒールのジャストサイズが、いつも買っているサイズより一・五センチも小さいことがわかりました。どうりでカパカパ脱げるはずです。ヒールが苦手なのかと思っていたけれど、これもサイズが間違っていたのね!
本当の心地よさがひとつ上や下のサイズにあったなんて、考えたこともなかった。思わぬところで、「私にはこれ」という固定観念に囚われていたのだな。あ、でもそれを決めたのはいつのことだっけ?
毎日は、選択の連続。しかし、選択の基準は意外と更新されていません。中年になると小さな選択が脳に多大な負荷をかけてくるので、ものさしを見直すのがなかなか難しいことになってくる。
しかしながら、ここはひと踏んばりして、決めつけ感情を一旦脇に置いてみるのが良さそう。深く考えずにひとつ上やひとつ下を試してみるのは、新たなジャストフィットを見つけるの有効だと確信しました。
定番のあれこれに不具合を感じながら「こんなものだろう」と思っているならむしろ吉日、新しい定番を見つけるためのトライアル&エラーを始めるタイミングと言えます。自分の「ちょうどいい」を新たに見つけて認めるのは、自己受容の更新でもありますし。
問題は、「新たなジャストサイズ」を探し当てるのにも、それなりの負荷がかかるってこと。今度は「脳」にではなく「心」にですが。選択の失敗で死に至ることはないけれど、前髪を切り過ぎたとか、いつもと違う柄物のワンピースを買って着てみたらやっぱり変だったとか、そういう積み重ねで布団から出られなくなるぐらいのダメージを受けることはままありますもの。回避策はなく、尻込みせずに、試してみるしか方法はないのだけれど。
たとえばランチ、住んでいる街、洋服やコスメ。「私にはこの辺が妥当」と半ば思考停止でジャッジしていることを、めんどうくさがらず変えてみる。すると、八方塞がりなモヤモヤが晴れ、自己肯定感が高まることもあるやもしれず。本当の居心地の良さを見栄や卑下で放棄するのは、もったいないことです。「違うな」と思ったら、元に戻せばいいだけの話ですし。
下着だけでなく、さまざまな自分のジャストフィットは常に変化していくもの。それをしまむらで学んだのはデカい。そう言えば、去年と今年はピンク色のセーターを買ったっけ。こんなこと、十年前ならあり得なかったはず。十年前にもすでにピンクとは和解していたけれど、さすがにセーターなんて恥ずかしくて着られませんでした。それが、いまはなぜか顔にも気持ちにもしっくりくるのだから、不思議なものです。
頻繁に使うようになったハンドソープは、思い切って海外ブランドのイソップやジョー マローンなどを使うようになってから、なんだか楽しい気分。
目が飛び出るくらいお高いけれど、ここだけは贅沢をする価値があると、いまの私が判断しました。旅行にも出かけられないんだから、いいじゃない。
最期には、誰かが棺桶のジャストサイズを見極めてくれるでしょう。それまでは更新を繰り返すしかないのですな。
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