「頭を殴られたような衝撃」「楽しくて仕方がなかった」――第9回高校生直木賞 参加生徒の声(3)

高校生直木賞

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「頭を殴られたような衝撃」「楽しくて仕方がなかった」――第9回高校生直木賞 参加生徒の声(3)

2022年5月22日、第9回高校生直木賞の本選考会が開催されました。全国から過去最多となる38校が参加し、逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』を受賞作として決定。小説について熱く語り合った高校生たちの感想文を、3回にわけて掲載します。今回は静岡県立磐田南高等学校、藤枝明誠高等学校ほか、8校をご紹介します。

名古屋大学教育学部附属高等学校(愛知県)黒木あやめ「お薦めの三作品について」

 今年の5月22日、オンラインで行われた高校生直木賞の本選会。全ての高校が集まる「最終選考」で議論された、『スモールワールズ』『テスカトリポカ』『同志少女よ、敵を撃て』について書かせていただきました。

『スモールワールズ』

 一言では言い表せない、バリエーションに富んだ短編が収録されている作品でした。ただ、心がぐっとつまるような「優しさ」は、全ての話に共通している部分だと思います。本当は一つ一つの話に感想を語りたいのですが、とても長くなってしまうため、自分が最も好きな第四話の『花うた』について紹介します。

『花うた』は、話のほとんどが「手紙の文面」で進められていきます。兄が殺された女性が主人公で、その手紙の相手は、その兄を殺した男性です。始めは敵意剥き出しだった女性ですが、手紙を通じて男性と会話するうちにだんだんと返事が柔らかくなっていきます。男性も、始めはひらがなばかりだった手紙を注意され、辞書を引いて漢字を書くようになり、二人の仲は少しずつ良くなっていきました。しかしある日、男性が頭を打ってしまい、手紙の文字はひらがなに戻って、女性と手紙を交換していた間の記憶も薄れていき……というあらすじです。

 だんだんと「ひらがなだらけ」に戻っていく手紙ですが、それにつれて二人の関係も元には戻る、ということはありえません。嫌いなままであったなら辛くないのに、少しだけ好意を持ち始めていたからこその苦しさが、漢字が忘れられた見開き一ページに、とても優しく書かれていました。

 また、題名の『花うた』の意味も注目していただきたい部分です。読んだ後には、『花うた』である理由も、心にぐっと来ます。

 選考会では、「短編集なので挫折しない」ことや、「独自の世界観に魅了される」、「第一話『ネオンテトラ』の終わりは少しだけ暗いが、第二話『魔王の帰還』でポジティブな気持ちになり、話の緩急があっておもしろい」などの感想がありました。特に、「緩急」は『スモールワールズ』の特徴の一つだと思い、とても共感できました。

 普段あまり小説を読まない人も、よく読む人も含めて、とにかく「全ての人」にお薦めしたい作品です。

『テスカトリポカ』

 自分にとっては、「誰かにお薦めしたくなった、面白い作品」が、高校生直木賞の受賞作を選ぶ基準でした。そして、この基準に寸分違わずぴったりと合ったのが、『テスカトリポカ』です。

 この物語は、ナルコ(麻薬密売組織)のトップに君臨していた男性・バルミロ、罪を犯した心臓外科医で、今は臓器ブローカーの日本人・末永、そして、母がメキシコ人、父がヤクザという家庭に生まれ、異常な身体能力を持つ少年・コシモが中心となって話が進んでいきます。バルミロは組織が崩れ、世界各地へ逃げているうちに末永に会い、利害の一致から「心臓ブローカー」を始め、その舞台は日本となります。その後、あるきっかけからバルミロと末永はコシモのことを知り、興味を持ち始め……というあらすじです。

 人物紹介だけを見ればほとんど接点のないこの三人が少しずつ関係を持ち、その他の人物も複雑に関わりあいながら、物語は様々な視点で進んでいきます。そして、始めはばらばらだった点が加速しながら収束していく、鳥肌が立つほどの面白さ。これが、この作品の、最も鮮烈に輝いている部分だと思います。

 また、俗に「グロい」と言われる、死んでいる人間の描写を筆頭に、キャラクターたちの魅力的な設定、クライマックスシーンでのアクションや人物の繋がり方、舞台が最終的に日本になる理由も、全て衝撃的でした。

 この作品を推していたもう一つの理由として、「本の装丁」があります。あまり大きな声で言うと内容の暴露になってしまいますが、物語のキーワードと、本のカバー裏の背表紙部分が繋がります。見つけたときは思わず息を呑みました。読み終えた読者にしか分からない作りこみも、私自身はとても好きです。この世界からハードカバーがなくならないのは、このような読者の嬉しさも、要因の一つであると思います。

 選考会では、「エンタメ性」という言葉で説明されていたある方の意見に、画面の前で激しく首を縦に振っていました。「私たちとは別の世界観に入り込める」「心臓と臓器売買を繋げたアイデアがすごい」「とにかく世界が暗く、深い」などの意見も出て、『テスカトリポカ』の議論を聞いているのがとても楽しかったです。また、議論の中で「資本主義の暴力」という言葉も出たため、深いメッセージを読者側が受け取れる作品でもあると感じました。

 ぞくぞくするほど面白い作品を読みたい方に、強くお薦めする作品です。

『同志少女よ、敵を撃て』

 この本を読んで、自分が「泣けなかった」ことに驚きました。『同志少女よ、敵を撃て』は、自分がこれまで読んできた本の中で、一番悲しく、重い作品だったと思います。それでも泣けなかったのはなぜか。考えてから、物語の中のイリーナが言った「明日からは泣けなくなる」という言葉を少しだけ思い出しました。

 舞台は1942年のソ連、16歳の少女・セラフィマはいつも通り、母親と山へ狩りに向かいます。しかし、村の近くに来ると、急にドイツ語の怒鳴り声が。隠れて村を窺うと、ドイツ兵が住人たちを射殺。隣を見ると、ドイツ兵を狩猟用の銃で狙っていた母からも命の気配が消えていて……。

 このように始めの時点で厳しいシーンが続きますが、もっと辛いのは、セラフィマが一人の狙撃兵として戦場へ赴く場面です。仲間の死、セラフィマ自身の心情の変わり方、宿敵への復讐、そして、信じていた言葉を裏切られた時に彼女が取った行動。すべて、鉛のように重いエピソードでした。

 選考会では、とても熱く議論され、意見は賛否両論でした。「第二次世界大戦に関わっており、作中で最後に出てくる『戦争は女の顔をしていない』と関連しているのも見どころ」「高校生と主人公の年代が近く、とても共感できる」という意見もある一方、「戦争を忘れないためのコンテンツにも見える」という意見や「なぜセラフィマは敢えて前線に行くことを選んだのか」のような疑問も投げられました。

 また、様々な「今」の社会問題に関わる話題の多いこの本ですが、ただ純粋に、「戦争小説」として読んだ時に強く心に響くものも、きっと存在すると思います。だから、『同志少女よ、敵を撃て』を読んでいる間は、今現在から物語を眺めるのではなく、第二次世界大戦の渦中に入り込んで読んで欲しい。という、一読者としての勝手な気持ちもあります。

 選考会の全体を通して、約五十人の高校生のそれぞれが持つ考えに、驚くことや発見すること、共感できることがたくさんありました。多くの人が同じ本を読んで、その本について深く掘り下げて話すことは、貴重でありとてもおもしろいと、改めて感じました。

「候補作品を読む」スタートから、「高校生直木賞の受賞作を決定する」ゴールまで、本当に楽しかったです。

 今後の高校生直木賞の本選会に出場する高校生を始めとして、選考に関わる高校生全員が、受賞作を選ぶ中で、「楽しむ」ことを願っています。


■静岡県立磐田南高等学校(静岡県)澤崎由奈「高校生直木賞とは」
■静岡県立磐田南高等学校(静岡県)平松七葉「憧憬の高校生直木賞」
■藤枝明誠高等学校(静岡県)曽根小暖「初めて代表生徒になって」
■豊川高等学校(愛知県)「自分の考えを主張することの難しさ」
■名古屋大学教育学部附属高等学校(愛知県)黒木あやめ「お薦めの三作品について」
■大阪医科薬科大学高槻高等学校(大阪府)東友奈「来年もこの気持ちをぶつけたい」
■大阪医科薬科大学高槻高等学校(大阪府)足立ゆきの「本について語るということ」
■大阪医科薬科大学高槻高等学校(大阪府)北口翔太「ジャンルごとの面白さがある」
■筑紫女学園高等学校(福岡県)木村茉緒「色々な本との向き合い方」
■九州産業大学付属九州高等学校(福岡県)徳丸ななみ「頭を殴られたような衝撃」
■鹿児島県立松陽高等学校(鹿児島県)竹山優輝「楽しくて仕方がなかった」


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高校生直木賞特設サイトへ
星落ちて、なお澤田瞳子

定価:1,925円(税込)発売日:2021年05月12日


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