- 2022.12.13
- インタビュー・対談
4大ミステリランキング すべてでベスト10入りした『捜査線上の夕映え』創作秘話。「事件の真相が、風景のように見えてくる小説にしたかった」
『捜査線上の夕映え』有栖川有栖インタビュー
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#エンタメ・ミステリ
年末恒例の4大ミステリランキングすべてで、ベスト10入りしたのが有栖川有栖さんの『捜査線上の夕映え』だ。第26回日本ミステリー文学大賞も受賞された有栖川さんに、火村シリーズ30周年記念作品『捜査線上の夕映え』について話を聞いた。
「ちょっとお話があります」と呼び出されて。
――第26回日本ミステリー文学大賞のご受賞おめでとうございます。光文文化財団のHPによりますと、この賞は、「ミステリー文学の発展に著しく寄与した作家および評論家」を顕彰する賞、ということです。
「有難うございます。私が受賞するまではそうだったんでしょうね(笑)。実は私、同じ日、同じ場所で、『日本ミステリー文学大賞新人賞』の選考委員をしていたんですよ」
――そういった場合、どのようにご連絡がくるんでしょうか。
「前例がありましてね。第22回日本ミステリー文学大賞を、綾辻行人さんがご受賞されたときも、綾辻さんは新人賞の選考委員をされていたんです。このときは、選考中に、『綾辻さん、ちょっとお話があります』と廊下に呼ばれ、『受賞が決まりました』と伝えられたらしいです。綾辻さんは、『あれは驚いた』と仰っていました」
――それは驚きますね。
「私の場合は、新人賞の選考をしていまして、休憩時間となって、喫煙所で、一服しようとしましたら、編集者に『ちょっとお話があります』と話しかけられて、『新人賞の選考の進め方がよくないので、
――新人賞の選考会場に戻った際に、みなさんからお祝いの言葉はありましたか?
「そのとき、喫煙所には、薬丸岳さんが、選考会場には、恩田陸さん、辻村深月さんらがいらっしゃって、皆さんから祝福の言葉をいただいて、なんだか照れ臭いような、嬉しいような……。めったにない経験で、とてもよい思い出になりました」
『捜査線上の夕映え』から始まった2022年!
――今年2022年は、年初めの1月に、火村英生シリーズの最新刊『捜査線上の夕映え』が、刊行されました。そして、年末には、『このミステリーがすごい!2023年版』(宝島社)第3位をはじめ、4大ミステリランキング、すべてでベスト10入り! となりました。
「今作は、『別冊文藝春秋』で連載していて、完結したのは、2021年11月でしたから、厳密にいうと、今年の仕事ではないのですが、『捜査線上の夕映え』で始まった2022年、といえると思います」
――火村シリーズが始まって、ちょうど30年を迎えました。
「火村シリーズ第1作の『46番目の密室』が刊行されたのが、30年前の3月でしたからね」
――今作をお読みになった方は、わかると思いますが、涙なしには読めない感動的な本格推理小説となっています。横にも、そして縦にも、広がっていく小説です。横とは、火村とアリスのコンビの「瀬戸内海の島への旅」です。
「コロナ禍で、行動が制限されていましたから、私も含めて、旅に出たかったですからね」
普段とは、すこし違う印象の小説になった。
――冒頭1行目、「旅に出ることにした」という一文が、のちに心にしみます。この旅をすることによって、事件の関係者の「過去」をさかのぼっていくことになります。過去への旅が、縦への深まりです。美しい光景のなかで、名探偵の見せ場が展開されます。そして、あまり言えないのですが、これまでも火村シリーズを彩ってきた重要なキャラクターの背景も明かされていきます。
「連載として、小説を執筆しているうちに、人物たちの過去が繋がった、ということもありました。今回の作品は、まず最初に『こんな読後感を味わっていただきたい』というイメージがありまして、そのうえで書いた『謎解き小説』です。そういう意味では、普段とは、すこし違う印象を持たれるかもしれないですね」
――ミステリーとしては、「鉄壁のアリバイ」をどう崩していくか、という作品です。
「前半は、警察の捜査を克明に描いて、どこに突破口があるのか、と。ある地点から、別の展開が起き、想像していない風景が浮かびあがってくる。事件の真相が、まるで風景のように見えてくる小説になったらいいな、という構想がありました」
――まさにそれが成功していると思います。一見ありふれた殺人事件が起き、それに対して、警察が、ち密に、そして徹底的に捜査をする場面から、火村とアリスの二人が旅に出た瞬間、「新しい物語」が始まる予感を想起させる美しい光景が広がります。有栖川さんは、瀬戸内の風景に思い入れはあるのでしょうか?
「私の両親は、香川県高松市出身です。夏になると、高松の祖父、祖母のもとを訪れていました。その思い出もあって、瀬戸内海の島々が大好きなんです。かねてから、『火村とアリスが、瀬戸内の島を動き回る場面を書きたい』という念願があり、それがこういった形で繋がるというのは、自分としても意外でした」
――瀬戸内への旅と、時間への旅、二つの旅が物語の重要な要素となってきますね。結果、すべてのランキングでベスト10入りしたことからも分かりますように、火村シリーズの中でも、屈指の長編になっていると思います。
「感じ方は、読んでいただく方それぞれだと思いつつも、『火村シリーズを読んできたけれど、これが好きだ』と言ってくださる方がいたら、嬉しく思います。作者は、『どれがイチオシ』というのはないんですけれどね」
プロフィール
有栖川有栖 (ありすがわ・ありす)
1959年、大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業。89年『月光ゲーム』でデビュー。2003年『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、08年『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞小説部門、18年「火村英生シリーズ」で第3回吉川英治文庫賞、22年第26回日本ミステリ―文学大賞を受賞した。本格ミステリ作家クラブ初代会長。臨床犯罪学者・火村英生と推理作家・有栖川有栖(アリス)コンビが活躍する「火村英生シリーズ」は根強い人気を誇り、火村を斎藤工が、アリスを窪田正孝が演じたドラマ版も話題に。『捜査線上の夕映え』は「火村シリーズ」最新長編として待望された一作。