序章 お召し
1
旅に出ることにした。
独りで。
いつものショルダーバッグを肩に掛けて部屋を出かけたところで、マスクをし忘れていることに気づいて引き返す。外出時には必ずマスクをすることが励行されて半年は経つのに、粗忽だからいまだによくこうなる。「また忘れてるよ」と注意してくれる同居人はいない。
JR天王寺駅へと向かった。私・有栖川有栖の自宅マンションがある夕陽丘からはなだらかな下り坂になっている。地下鉄だとひと駅の距離。所要時間は歩いて十分ほどだから、外出自粛による運動不足の解消にはほど遠い。残暑がまだ厳しいので、ゆっくり歩いても額に汗がにじんだ。
大阪市内にしては珍しく坂の多い近辺を日常的に散歩するよう心がけていたが、公共交通機関に乗ることは控えており、JRを利用するのは四月の初め以来だ。
自宅に引きこもったまま仕事が完結する作家という職業だから、ここまで外出自粛を徹底できている。三十四歳という年齢からすると、新型コロナウイルスに感染しても大事に至る確率は低いらしいが、用心するに越したことはないし、きつめの風邪ぐらいの症状で済むとしても、罹患するのは真っ平ごめんである。
四月七日に政府が緊急事態宣言を発した時は、蟄居を自分にとっては好機と捉えて執筆に専念し、懸案の書き下ろし長編を一気呵成に仕上げよう、と誓ったのだが――五カ月かけても果たせていない。
途中で長めの短編の締切が挟まっていたせいもあるが、世界中が異常な事態に陥ったことで調子が狂ってしまったらしい。甘っちょろい話で、何の落ち度があったわけでもないのに経済的危機に直面している飲食・観光といった業界の人たちの前ではとても言えない。
どうにか態勢を立て直しかけているが、今一つすっきりしないので、気分転換のために旅に出ることにしたのだ。といっても、政府が実施しているGo To トラベルなる観光客優遇政策に乗って遠出をするわけでもない。遠方への旅行は新型コロナの感染が終息してから心置きなく楽しむとして、今回の目的地はごく近場だ。いや、目的地すらなくて、ただ大阪市の輪郭の一部を撫でて戻ってくるだけなので、実態は旅というより移動に近い。
久しぶりの天王寺駅。五月二十一日に緊急事態宣言が解除されて以降、感染者数はしばらく落ち着き、街の人出はかなり恢復したとはいえ、行き交う人の数は明らかに少なかった。海外からの旅行者が消えたので、キャリーケースを引いて歩く人の姿もない。
マスク、マスク、マスク。
奇態な風習が蔓延したかのごとく、誰もが顔の下半分を隠している。
厚生労働省が発表した二〇二〇年八月二十七日時点での新型コロナウイルスによる死者は一一五四人。感染の第二波は鎮静化しつつあるが、じきに秋がやってくる。そして冬が。第三波が到来するのは目に見えている。
私は大和路線のホームに降り、区間快速をわざと避けて鶯色の普通列車に乗り込む。久宝寺駅までは各停でもわずか四駅。ものの十分だ。かつては広々としたヤードがあった久宝寺だが、現在は貨物の扱いがなくなって様相をがらりと変え、高層マンションが目立っている。
おおさか東線に乗り換えた。城東貨物線を旅客線に改良した路線で、大阪市の東側をなぞって新大阪駅に至る。奈良方面からの乗客は、この線の開通によって大阪市の中心部に入ることなく新大阪を目指せるようになった。全線開業は二〇一九年三月。今回企画したのは、用事もないのにそれに乗る、というだけのことである。ほら、旅というより単なる移動だ。
晩い午後という時間のせいもあってか車内は空いていて、〈密〉は回避できていた。電車が動きだし、初めて乗る線路に入る。学研都市線と合流する放出駅の近くまで、まっすぐ北へ進路を取った。いつもは電車に乗ると読書タイムだが、車窓風景を観賞するために乗っているのだから、今日はバッグから本を出すこともない。
右手の車窓には生駒の山並みが近く見え、左手の車窓は建物の間から大阪の市街地が遠望できた。ふだんとは違う方角からわが街が見られて面白い。太陽は高度を下げつつあるが、にょきにょきと聳えるビル群が夕陽で染まるまでは少し間がありそうだ。