書評

「火村英生」シリーズのマジック

文: 円堂 都司昭 (文芸・音楽評論家)

『菩提樹荘の殺人』 (有栖川有栖 著)

『菩提樹荘の殺人』 (有栖川有栖 著)

 二〇一五年に出版された『絶歌 神戸連続児童殺傷事件』は、物議を醸した。一九九七年に十四歳の少年が「酒鬼薔薇聖斗」を名乗り、小学生を殺傷した。その加害少年が三十二歳になり、「元少年A」名義で事件の回顧手記『絶歌』を発表したのだ。少年犯罪であるため匿名報道された事件について、成人後の加害者が匿名のまま本にして売る。彼の行動に関し、表現の自由は尊重されるべきとする意見もあったが、批判は多かった。この件に限らず、少年犯罪の扱いは、何度も議論の的になってきた。

 二〇一三年に単行本で刊行され、二〇一六年にこうして文庫化される有栖川有栖著『菩提樹荘の殺人』には、四編が収められている。臨床犯罪学者・火村英生と作家・有栖川有栖(登場人物のほうは以後アリスと表記)が難事件の謎を解くシリーズの短編集であり、著者が親本のあとがきで書いていた通り、四編に共通するモチーフは「若さ」だ。冒頭収録の「アポロンのナイフ」では、連続殺傷犯とされ「アポロン」のあだ名がつけられた高校生が逃走中に、未成年が被害者となる新たな事件が発生する。同作では、少年犯罪がテーマになる。

 注目したいのは、火村がなぜ犯罪学の道を選んだのか。理由についてシリーズでは、「人を殺したいと本気で思ったことがあるからだ」と語られてきた。かつて同じ大学に通ったアリスは火村と二十歳で知りあい、そのことを聞かされた。火村の殺意は十代の時のものであり、実行していれば彼も「少年A」になっていただろう。幸いなことに三十代の火村は「元少年A」ではなく、大学の先生になっている。彼の殺意がどのようなものであったか、シリーズ内で詳しく書かれたことはない。だが、正義を追求する犯罪学者の名探偵が、かつて殺意を抱えていたという設定は、火村にある種の陰影を与えている。このことが「アポロンのナイフ」の緊張感に結びついてもいる。

 また、「雛人形を笑え」では人気上昇中の漫才コンビ「雛人形」の一人が殺され、「探偵、青の時代」では、学生時代に火村が名推理で友人たちを驚かせたエピソードが披露される。一方、「菩提樹荘の殺人」では、アンチエイジングの旗手として人気だった五十三歳男性が庭で殺害され、なぜかトランクスだけの裸で発見された。

「アポロンのナイフ」では少年法に関連した年齢による線引きが語られ、「菩提樹荘の殺人」では若々しさを固定したがるアンチエイジングの旗手が被害者になる。二作は、「若さ」をめぐる制度や願望を題材にしている。これに対し、「雛人形を笑え」と「探偵、青の時代」は、「若さ」のただなかにいる人間の夢への情熱や短慮を描いている。「若さ」というものにどう対処するかと、「若さ」のなかでどう過ごすか。外側と内側から、それぞれ異なった形で「若さ」にアプローチしたのも、本短編集の妙だ。

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菩提樹荘の殺人
有栖川有栖・著

定価:本体590円+税 発売日:2016年01月04日

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