本号から連載が始まった『捜査線上の夕映え』は、二年前に書き上げるつもりだった。ところが「こんな感じで……」とイメージばかり先行してミステリとしての構想がまとまらなかった。ようやく第一回目が掲載できて、ほっとしている。
何しろ担当編集者のAさんと某所(作中に登場するのは、かなり物語が進んでから)へ取材旅行に出掛けたのは二〇一六年十二月のこと。翌年の大河ドラマ『おんな城主 直虎』が雑談の話題になったのを覚えている。
いい取材ができたので執筆の意欲が高まった――はずなのに、私には「ネタが固まっていないうちに担当編集者さんと取材旅行に出ると、書けなくなる」というジンクスがあって、それが今回も発動してしまった。
ぐずぐずしていたせいで、Aさんは若々しいままだけど私なんか還暦を迎え、とうに過ぎてしまいましたよ。連載中にまた誕生日がくる……。
先に「ほっとしている」と言ってしまったが、まだ序章を書いただけなので安心するのは早すぎる。それでも、ぴくりとも動かなかったものが転がりだしたら「あとは、がんばって転がすだけ」と思える。いつもこの段階にくるまでが私はつらいのだ、とても。
お読みいただければ判るとおり、この作品は新型コロナウイルスの第二波が過ぎかけた二〇二〇年九月が舞台で、コロナ禍の日常風景で始まりコロナ禍の中で事件の捜査が繰り広げられる。今しか書けない小説になるだろう。
語り手はミステリ作家の私・有栖川有栖(作者とは別人格)、探偵役は臨床犯罪学者・火村英生。このコンビが活躍するシリーズを書き始めたのは、もう二十九年も前になる。
彼らはある時点から年を取らなくなり、ずっと三十四歳のままだ。そんな設定にしたことで書けなくなったことも多々あるが(彼らは生年が定まらないから、どの世代にも属さない)、常に現代を生きてもらうことにしたのだ。
よって、コロナ禍にも巻き込まれてしまった。警察の捜査に協力して殺人事件の真相を追いながら、「いつもと勝手が違うな」と何度も思うことだろう。架空の存在ながら、彼らが〈今、ここ〉に生きていることを感じていただけたら、作者としては幸せである。
タイトルについても、さんざん迷った末にやっと腹が決まって、「これしかない」と思えるようになった。〈夕映え〉という言葉が抒情的すぎるように思えて、別の言葉に置き換えられないか、と類語辞典を引きまくったこともある。
作中でも言及されているように、このシリーズ(語り手は大阪・夕陽丘に住んでいる)には『朱色の研究』という夕陽をモチーフにした作品が過去にある。シリーズ外だが『幻坂』という短編集でも夕陽・落陽に大きな意味を持たせた。
「また夕陽か」と思われても仕方がない。それでも私の頭に広がっている夕映えは消しようがなく、他に適当な言葉も見つからなかったのである。
今回の夕映えは、『朱色の研究』や『幻坂』の夕焼けとは違う。それを通して作者が描こうとしたものは何か。最後までお読みいただいた時、判っていただけるように書くつもりだ。作者が舌足らずな部分をセンチメンタルで美しい風景に語らしめる、とならないように気をつけながら。
どうか最後までお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
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