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トップアイドルが異例の結婚報告…決断を後押しした「あるメンバーの一言」《『SMAP×SMAP』放送作家・鈴木おさむが描く》

トップアイドルが異例の結婚報告…決断を後押しした「あるメンバーの一言」《『SMAP×SMAP』放送作家・鈴木おさむが描く》

鈴木 おさむ

『もう明日が待っている』#2

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #小説

メンバー脱退の裏で何が起きていたのか…『SMAP×SMAP』放送作家・鈴木おさむによる「覚悟の一冊!」〉から続く

 1996年にスタートした「SMAP×SMAP」(フジテレビ系)に、放送作家として伴走してきた鈴木おさむ氏。「新しい地図」の3人によるネット番組に出演した際に、稲垣吾郎さんが「同じメンバーみたいな感じだった」とふりかえるほどSMAPと長い時間を共に過ごし、深い信頼関係を築いてきた。このたび上梓した新刊『もう明日が待っている』(文藝春秋)では、国民的グループの知られざる物語が描かれている。

 メンバーの脱退、まさかの結婚、誰にも言えなかった苦悩と闘い。トップアイドルとして沢山の夢を与えてきた彼らの全てが、たった一夜の「放送」で壊れていった。ここでは特別に本書を一部抜粋して紹介。2000年、メンバーの一人が結婚を発表。その舞台裏をふりかえる。(全2回の2回目/最初から読む

放送作家・鈴木おさむ氏の新刊『もう明日が待っている』(文藝春秋)

◆◆◆

 僕が渋谷から1駅のところにある陽当たりのいい部屋に引っ越したのは23歳の時だった。家賃は17万円。とても勇気のいる家賃だったが、この家賃が似合う人になりたいと、背伸びしてその部屋を借りた。

 引っ越してすぐのことだった。ベッドで寝ていると、イイジマサンから電話が来た。それが彼ら5人の番組への誘いの電話で、僕の人生はさらに大きく変わることになった。

 この部屋のベッドで寝ていると、なぜだかおもしろい仕事のオファーが来ることが増えた。ここに引っ越してから、放送作家としての僕は仕事が一気に多くなり、若くして沢山のチャンスをもらった。とにかく原稿を書く分量が多く、テレビ局の打ち合わせから帰ってきても、家で朝方まで仕事をしていることがしょっちゅうで、朝に寝て昼過ぎに仕事の電話で目覚めることが多かった。

イイジマサンからの呼び出し

 その日は東京ドームでの5人のコンサート初日。コンサートの開演1時間くらい前になったら行けばいいやと思って、二度寝していると、イイジマサンからの着信があった。テーブルの上の携帯が、強く揺れているように見えた。

 電話に出ると、イイジマサンの声が少し慌てているように感じた。

「あなた、今、なにしてるの?」

 もしかして? と思って履歴を見ると、着信が何度か残っていた。

「今、家ですけど」

 寝起きの声でそう返す。

「なにしてるの! 早く来なさい」

「だって、今日、本番ちょっと前に行けばいいんですよね?」

「大事なことを今、決めてるの。とにかく早く」

 もう結婚の発表もしたし、大事なことは済んだと思っていたが、まだ残っていた。

 タクヤの結婚は会見の翌日から連日、メディアで大きく報じられていた。

 月曜22時の彼ら5人の番組は、タクヤの会見後の初めての放送のゲストが、名司会者だった。たまたまだ。

 その司会者は自分の番組で、ゲストの本音をうまく聞き出していくことで有名だった。

 当然、会見前に収録されたものだったが、放送が結婚会見直後だったため、視聴者もタクヤが結婚のことを赤裸々に話すのではないかと期待してしまった。

 世帯視聴率30%を超えたことがその期待値だろう。高倉健が出ても超えられなかった30%の壁を越えた。

 ただ、番組の中で結婚について話すことは全くない。会見後、タクヤやメンバーも、結婚のことをメディアで口にしなかった。

 僕はそれでいいと思った。あんなに堂々と会見をしたんだから、それで決着しただろうと。

 だから、コンサートは東京ドームの公演を残してはいたが、そこでも、特に結婚のことは触れずにいくのだと思っていた。

©文藝春秋

タクヤの心の内

 僕はタクシーに乗り、急いで東京ドームに向かった。到着して会議室に入ると、リーダー、ゴロウチャン、ツヨシ、シンゴにタクヤ、そしてイイジマサンが会議をしていた。

 僕が会議室に入ると、イイジマサンとメンバーから一斉に「おせーよ」と言われるが、そもそもこんな会議をするなんて聞いてなかった。

 急遽始まったらしいその会議の空気が穏やかではないことに気づいた。

 会議の理由を聞くと、タクヤが、「自分が結婚することをファンの前でちゃんと伝えたい」と言い出したからだった。

 結局、さいたまスーパーアリーナの時にはなにも触れずにコンサートを行った。

 会見はしたが、ファンの前では直接報告してない。それがタクヤの中ではずっと引っかかっていた。

 そもそもだが、ファンの心理からしたら、自分が人生を賭けて応援しているアイドルが結婚すること自体、嬉しいか嬉しくないかの2択で聞かれたら嬉しくないはずだ。

 もちろんファンはその人が幸せになってくれることを望むが、それと同時に、幸せにしてくれることも望む。それがファンだ。

 しかもタクヤは28歳。

 アイドルとしても俳優としてもトップに立っている彼の結婚という決断は、予想に反するスピードだったはずだ。

 ファンからしたら、堂々とした会見を見たことで結婚をすることは分かったけれど、それを納得したかしてないかは別の話だ。

 タクヤは「この東京ドーム公演で、コンサートが始まる前に自分の口でファンに報告したい」と言ったが、当然、メンバーはそれをライブで報告することで、ファンを刺激してしまう可能性があることを考える。

 もしかしたらタクヤが自分の口でファンに改めて伝えることによって、その場で泣く人だって、怒って叫ぶ人だって、帰ってしまう人だっているかもしれない。

 タクヤもその可能性は十分理解していたが、それでも自らの口で報告するというのが自分なんじゃないかと思い、みんなに伝えていた。

 今回のライブの構成は、ステージに巨大な幕がかかっていて、最初に数分のVTRが流れると、巨大な幕が一瞬で落ちる。そこに5本のスタンドマイクがあり、その前にメンバーが並んで歌い始めるという、シンプルだがダイナミックな構成。

 シンプルなものこそ、スターじゃないと似合わない。

 最初に歌うのは、ビートルズの有名曲と同タイトルながら、不器用でも下手くそでもそれが人生なんだという言葉を疾走感のあるメロディーで伝える曲だった。

リーダーと意見が対立

 タクヤは、ライブが始まる前に、まず、幕の前に1人で出て行き、ファンに話したいと言った。

 これこそシンプルで大胆で潔い。潔すぎるが、誰が聞いてもそのリスクの高さを感じる。1人で5万人のファンの前に出て行き、結婚を報告することによって、ファンが一斉にブーイングをし出す可能性もある。

 そうしたら、もうその日のライブを行える空気には戻らないだろう。THE END。

 メンバーは「もしも」の時のマイナスのシミュレーションもしなければならない。

 タクヤの気持ちを聞いたリーダーは提案した。今から、タクヤの思いを収録して、ライブが始まる前にVTRで流すのはどうかと。

 そのアイデアを聞き、確かに、それだとかなりリスクは減ると思った。1人で出て行くと、タクヤに対して何かを伝えたいと思うファンの熱量がさらに上がり、最悪のことが起きる可能性も高くなる。だが、VTRならば、その可能性は減る。立て直すことも出来る。

 僕もその案がいいんじゃないかと思った。みんなが賛同する空気になった。

 でも、タクヤはやっぱり1人で出て行き、話したいと言った。

 意見が分かれた。

 VTRで伝えるべきだというリーダーと、ファンの前で伝えたいというタクヤ。

メンバーの意外な一言

 リーダーは、リーダーとしてライブ全体のことを考えて提案する。最悪のことが起きた時にライブが成立しなくなる。今日だけじゃない、明日以降のライブにも影響してしまう。

 タクヤもそれは分かっているが、人としてのケジメをつけたいと思っている。

 ゴロウチャン、シンゴ、イイジマサンは、それぞれの案に対してイメージを膨らませて意見を言うが、話はまとまらないままだった。

 無言の時間も多くなり、答えが出ないまま時が過ぎていく。

 ライブの開幕が近づいてくる。

 残された時間は少ない。

 僕はVTRを撮影して流すべきだと思った。タクヤの気持ちは分かるが、リスクを取るべきじゃないと。

 そんな時だった。

 タクヤの目を見て「好きなようにしたらいいと思うよ」と言ったメンバーがいた。

 それは。

 ツヨシだった。

ツヨシの熱い言葉

 会議中、ずっと自分の意見を言ってなかったツヨシが急に口を開いた。

 まず、それにみんな驚く。

 そしてツヨシの意見が「タクヤの好きなようにしたらいい」という意見だったことに更に驚いた。

 ツヨシはいきなり温度が上がり、タクヤに向かって続けた。

「俺ら、幕の後ろにずっといるから大丈夫だよ。ファンの人が怒ったり、ブーイングし出したら、俺ら、幕からすぐに出て行くから。俺らずっと後ろにいるから。好きなように好きな思いを伝えたらいいよ」

 いつも自分の意見を主張することのないツヨシの熱い言葉。

 シンゴは、ツヨシの意見を聞き、ニンマリとした。シンゴはツヨシより年下で、昔から兄弟のように一緒だった。年下のしっかりした弟と頼りない兄貴のツヨシ。番組でも天然な発言をするツヨシにシンゴがツッコむことが多かった。

 普段は頼りない兄貴のツヨシが、ここぞとばかりに強烈な矢を放つかのように意見を放った。そして深く刺さった。

 ツヨシの言葉が滞った空気をぶち壊した。

 ツヨシの言葉を聞き、リーダーも納得した。

 イイジマサンも「そうしよう」と言った。

 ゴロウチャンもシンゴもその言葉で動いた。

 ツヨシの言葉でみんな覚悟が決まった。

 タクヤは、コンサートが始まる直前に5万人のファンの前に現れて、自分の言葉で結婚することを伝えることになった。

 これまでの芸能史上、そんなことをした人はいない。

 そのあと会議室で僕はタクヤと2人きりになった。タクヤがみんなの前に出て行き、どんな話をするかを決めるためだ。

 そこに他のメンバーは介在せず、2人で話すことになった。

真っ直ぐすぎる思い

 タクヤはまず、自分が結婚することを改めてファンに伝えたいと言った。

 僕は「ファンに謝るの?」と聞いた。

 アイドルの結婚はタブーというイメージ。

 結婚にショックを受けたファンは当然ながらいるわけで、僕が結婚すること自体を謝るかどうか尋ねると、タクヤは「結婚するのは悪いことじゃない」と言った。

 それで僕はハッとした。

 タクヤが28歳で結婚するという選択を、同じ年の僕としてリスペクトする気持ちがある反面、ガッカリするだろうファンに対して、しっかりと謝ってもいいんじゃないかと思う気持ちもあった。

 この芸能界で10年近く仕事をしてきて、人気商売の人が結婚することは「悪いこと」と思いこんでいる自分がいたことにハッとしたのだ。

 自分の人生の中で、結婚し、家族が出来るのは悪いことではない。めでたきことである。

 そんな当たり前のことも霞んでしまう世界にいたことに気づく。

 彼の中には真っ直ぐすぎるその思いと信念があった。

「ただ、1個謝らなきゃいけないことがある」

 タクヤは言った。

 本当なら、最初にファンに伝えなきゃいけなかったのに、それが出来なかったこと。そして心配をかけたことをちゃんと謝りたいと言った。

 そのことを彼は自分の口から伝えたかったのだ。結婚するという報告はもちろんだが、それ以上に、ちゃんと伝えられなかったことに対する謝罪の気持ちを。

 僕がタクヤの言葉をまとめて、手書きで紙に書いた。

 タクヤにそれを渡すと、その紙を見つめて、小さな声でその言葉を何度も反芻して自分の体に馴染ませている。

 自分の言葉にして焼き付けると、僕を見て「ありがとう」と言って、その紙を自分の手で破り、言った。

「よし!!」

 タクヤと僕がその話をしている間に、きっとリーダーはその日のライブで起きることをイメージして、対策を立てていたに違いない。

 もしタクヤが1人で出て行き、ブーイングが起きたら。

 その後、幕が落ちて、ファンが盛り上がらなかったら。

 何より、この日のライブは、フリートークをカットにしていなかった。

芸能史上初の結婚報告

 いつもは20分以上話すフリートーク。さすがにタクヤが数日前に会見し、コンサートの最初に1人で出て行って報告すれば、まったく結婚に触れないわけにはいかない。

 だけど、タクヤが最初に挨拶した時の反応次第ではトークの内容も変えるべきだ。

 自分たちの口からタクヤに「結婚おめでとう」と言うべきなのかどうか?

 結婚の馴れそめを聞くべきなのか?

 ただ、一つ言えるのは、ファンはこの日のコンサートを楽しみに来ているわけで、タクヤの結婚の報告を聞きに来たわけではないということだ。

 乗り越えなければいけない壁があるのは事実。

 この日のライブをどう楽しませるかが一番大切なことだ。

 間違いなく。

 難題。

 そして、これをピンチと言う人もいるだろう。

 このピンチにつまずき、彼らの勢いが落ちることを願う人だって沢山いる。

 芸能界だ。

 メンバーの1人が結婚を発表したあとの初めてのコンサート。

 5万人の前で結婚することを報告するという、芸能史上初めてのことが行われる。

 この日から彼ら5人のファンが一気に離れることもありえる。

 やはり、ピンチである。

 でもリーダーはよく言っていた。「ピンチはチャンス」

 東京ドームに5万人の客が入り、彼らの運命の鍵を握るコンサートが始まった。

単行本
もう明日が待っている
鈴木おさむ

定価:1,980円(税込)発売日:2024年03月27日

電子書籍
もう明日が待っている
鈴木おさむ

発売日:2024年03月27日

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