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ロレックスの腕時計が原因で“追放処分”に…不動産バブルによって進行した「中国社会の腐敗ぶり」

ロレックスの腕時計が原因で“追放処分”に…不動産バブルによって進行した「中国社会の腐敗ぶり」

柯 隆

『中国不動産バブル』 #2

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

中国の不動産バブルはなぜ崩壊したのか? 専門家が指摘する「2つのきっかけ」〉から続く

 14億人の人口を有し、土地資源が極端に不足している中国では「不動産神話が崩れることは絶対にない」と信じられてきた。ところがいま、不動産バブルが崩壊しつつあるという。

 ここでは、中国経済の専門家・柯隆(かりゅう)氏による新刊『中国不動産バブル』(文春新書)を一部抜粋して紹介する。不動産開発をめぐる「マネーゲーム」と「腐敗」の実態とは――。(全2回の2回目/前編を読む)

習近平国家主席 ©中国通信=時事通信フォト

◆◆◆

 中国政府も不動産開発を熱心に促進してきた。その理由を知るために、まずは中国の経済発展モデルと政府の経済政策を概観しておく必要がある。そもそもの始まりは、1978年に始動した改革・開放政策だ。

 それ以前の中国経済は毛沢東時代の計画経済の失敗により破綻状態にまで陥っていたが、最高実力者となった鄧小平は大きく方針転換。段階的に経済の自由化を進め、外国企業の対中直接投資を誘致した。この政策の真髄は、中国国内にある大量の廉価な労働力を外国資本と組み合わせ、廉価な商品を大量に生産・輸出して外貨を獲得することだった。

 この輸出依存のモデルは比較優位戦略と呼ばれる政策だが、輸出製造業の伸長は間違いなく中国経済の飛躍に大きく貢献した。一方、輸出促進を偏重する政策をとったことで国内市場の発展は遅れ、とりわけ都市インフラ整備は諸外国に著しく後れを取っていた。いかにして都市再開発を進めるかは中国政府の長年の悩みだった。しかも、輸出製造業に依存する経済成長は輸出先市場の景気循環に大きく左右される弊害がある。

日本から学んだ「重要な制度」

 1990年代に入り、朱鎔基首相(当時)は内需に依存する経済成長を強化しようと呼び掛けた。内需のなかでもっとも可能性を秘めているのは不動産に対する需要だった。不動産開発は人々の住環境を改善するだけでなく、経済成長を押し上げる効果が期待され、いわば一石二鳥の戦略であったのだ。

 しかし、不動産開発を進めるには、高い壁が立ちはだかっていた。それが土地の公有制である。国が所有する土地は自由に売買できないのが不動産開発にとっての弊害だった。その弊害を取り除くため、中国政府は日本からある重要な制度を学んだ。定期借地権という概念である。

 もともと中国共産党幹部の頭のなかには土地の所有権と使用権(借地権)を分ける考えがなかったが、日本には定期借地権という制度があることを偶然に知った中国共産党幹部が、同じように定期借地権を設定してそれを払い下げることで都市再開発ができると閃いた。1990年代後半から、ホテルやスーパーなどの商業用地は50年、マンションなどの宅地は70年の定期借地権が一律に設定されて払い下げが始まった。それをきっかけに都市再開発・不動産開発は一気にブームとなっていった。

『中国不動産バブル』(柯隆 著、文春新書)

中央政府が命運を握る

 マンションなどの不動産開発を進めれば、その地域の商業施設も整備される。地方政府は土地の使用権を払い下げて得られた財源をもって、地下鉄などの都市交通システムを整備できる。一石二鳥どころか、実に一石多鳥のゲームである。これこそ、中国政府が不動産開発を熱心に推進する強いインセンティブとなっている。コロナ禍が到来する前、家具などの関連ビジネスを含めた不動産関連産業は、中国のGDP全体の約3割を占めているといわれていた。

 中央政府にとっての不動産開発は経済成長を牽引するエンジンだが、地方政府はそれに便乗して、「融資平台」(platform)と呼ばれる投資会社(日本の第三セクターのようなもの)をたくさん設立した。これらの投資会社は地方政府からサポーティングレター(暗黙の保証)をもらって国有銀行から巨額の融資を受けると同時に、社債を発行している。社債発行で調達された資金は、都市インフラ整備、市庁舎の拡張と不動産開発への投資へと回された。

 不動産バブルが崩壊した今、これら「融資平台」の多くはすでに債務超過に陥っている。地方政府は自らが設立した「融資平台」を救済したいだろうが、その地方政府の財政も赤字に転落している。彼らの運命は、中央政府が救済するかどうかにかかっている。

 中国政府は経済成長の促進と人々の住環境の改善を目的に不動産開発を奨励したが、それに関連する種々の制度設計が遅れたまま、見切り発車していった。結果として様々な弊害がもたらされたが、その1つが国有銀行と不動産デベロッパーと政府役人の癒着による腐敗の進行だ。

ロレックスの腕時計が原因で…

 地方政府は土地の使用権を払い下げるにあたり入札をおこなうが、その入札が公正に行われる制度面の担保がないまま、不動産開発が進められていった。開発が進むなかで、地方政府の幹部はみるみるうちに金持ちになった。人間は金持ちになると、どうしても見栄を張るようになる。

 以前、土地使用権の入札を担当する地方政府のある幹部の動画がSNSにアップされ話題になった。動画では幹部の腕にロレックスの時計が嵌められていたが、彼の給料でロレックスの腕時計が買えるはずがない。ちなみに、政府役人の給料は高くてもせいぜい1、2万人民元である。この動画によって、該当の幹部は追放され失脚した。

 実は、この「表哥」(時計の兄さん)は一人二人ではない。習政権になってから数百万人の共産党幹部が追放されているが、その多くは不動産開発関連の腐敗幹部といわれている。中国では、規律委員会の事情聴取を受ける幹部は、自分の預貯金などの財産の由来を明らかにする必要がある。由来を説明できなければ、不正で得たお金と見なされ、党から追放されてしまうのだ。

 一般的に、土地使用権の入札には複数のデベロッパーが参加するが、どのデベロッパーが落札できるかは、入札を司る地方政府の幹部にどれほど賄賂を払うかによる。

 ずいぶん昔のことだが、北京に出張したとき、ある夕食会に招かれた。その夕食会には同時に、あるデベロッパーの社長も招待されていた。食事の合間の雑談で、その社長は自分の故郷の区長が捕まり、11年の刑を食らったことを明かした。保有していた100万元(当時の為替レートでは千数百万円だった)の財産について、由来が言えなかったからだ。

 10年以上も前のことだが、地方政府の幹部の給料からすれば100万元は大金だった。しかし、その社長は、「100万元は我々にとってはお小遣いに過ぎない。一晩の麻雀の掛け金でも100万元を超える」と自慢した。不動産開発のマネーゲームにより、共産党幹部とデベロッパーの金銭感覚は明らかにおかしくなってしまったのだ。

中国社会特有の金権政治

 土地使用権の払い下げにおいてガバナンスが利いていないと、地方政府とデベロッパーによる不正が横行する。こうした不正は賄賂をもらう側にとっては機会コストが安いが、最終的なツケは不動産、すなわち、マイホームを購入する消費者が払うことになる。

 先ほどのエピソードは不動産開発が始まった初期のケースだが、時間が経つにつれて徐々に開発の規模が拡大し、賄賂の金額も跳ね上がっていった。近年は直接現金を渡す代わりに、開発されたマンションのカギと権利書を渡すケースも増えた。逮捕された共産党幹部とその家族が所有するマンションや別荘の戸数は、何十、何百という数になっている。

 最近になって、デフォルトを起こした大手不動産デベロッパーの経営者や創業者たちの生活がSNSなどで暴露されるようになった。その贅沢三昧ぶりは想像を絶するものだった。彼らは中国国内はもとより、香港、アメリカ、ヨーロッパなどにも豪邸を所有し、自家用ジェットに乗って飛び回る。こうした生活が許されるのは、彼らが賄賂を渡した共産党幹部から保護されているからだ。不動産業界のサプライチェーンとバリューチェーンを通じて、中国社会特有の金権政治の構図が形成されているのだ。

共産党統治体制をひっくり返す要因にも

「荀子」の教えに「水能載舟、亦能覆舟」(水は舟を浮かべることができるが、同時に舟を転覆させることもできる)というものがある。この言葉を今の中国の状況に当てはめると、不動産開発は中国の経済成長を牽引することができるが、同時に共産党統治体制をひっくり返すこともできる、といえる。

 重要なのは法による統治の徹底と透明性の担保である。ガバナンスが利かない社会では、絶対的な権力を握る共産党幹部と役人は往々にして腐敗する。大規模な腐敗は共産党幹部と役人個人の倫理の問題もあろうが、それよりも、制度の欠陥によるところが大きいと認識すべきである。習政権にとって不動産バブル崩壊の経済危機は共産党一党独裁体制を脅かすものである。

 本書では中国の不動産市場の内実だけでなく、共産党一党独裁の政治システムと経済制度の問題も解明することにしたい。

文春新書
中国不動産バブル
柯隆

定価:1,100円(税込)発売日:2024年04月19日

電子書籍
中国不動産バブル
柯隆

発売日:2024年04月19日

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