- 2024.10.10
- インタビュー・対談
少年の命を救えるのは、医療ロボットか、神の手か。壮大な問いの答えは――。
「オール讀物」編集部
柚月裕子インタビュー『ミカエルの鼓動』
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
2021年11月10日の記事です
医療の最先端現場にある葛藤を描く
『孤狼の血』で暴力団抗争、『盤上の向日葵』で将棋の世界を描き話題となった著者が、巨大な大学病院の闇を背景に、心臓外科医たちの正義が正面からぶつかりあうミステリーに挑んだ。初めて医療小説を描いた理由をこう語る。
「東日本大震災を経験した影響もあり、人が人の命を救うことの難しさを年々感じるようになりました。技術が進んでも人間ができることには限界がある。命とは“生きる”とは何なのだろう、と考えたのが出発点です」
北中大(ほくちゅうだい)病院の西條泰己(やすみ)は、手術支援ロボット「ミカエル」での心臓手術を成功させて、院内での地位を不動のものにした。しかし病院長は開胸による心臓手術の名手・真木一義をドイツから招聘。ライバル出現に心穏やかでない西條と、神がかりの技量を持ちながら他者の評価を一切気にしない真木。難病に苦しむ十二歳の白石航(わたる)の手術にミカエルを使うか、真木が執刀するかで二人は衝突する。
「才能を理解できるから嫉妬してしまうのに、相手は歯牙にもかけずしれっと『君も優秀だ』と認めてくる。これって一番腹が立つパターンなんですよね(笑)。二人は対照的な個性ですし手段も違いますが、命を救うという目的は同じ。善悪で決められるような対立ではないからこそ根深いんです」
真木という人物を象徴するのが、彼が乗るアウトドア仕様の真っ赤なベンツだ。派手で高価な車だと西條は嫌悪するが、駆動力も、どこに停めていても一目でわかる色もすべて、急患要請に応じるためだと後に知る。
「真木は合理的で、目的に対して自分なりの答を既に持っている人物です。彼が動じないからこそ、ミカエルという最新技術を手にして揺れ惑う西條を書けたのだと思います」
技術の進歩は人類の救いだが、未知のものに不安を覚えるのも人の常だ。「僕、人工弁はいやだ」と拒む航だけでなく、体に人工物を入れる忌避感は西條の過去にも関わっている。
「自然と人工という対比がずっと頭にありました。自然は美しいとされますが、私は、自然に抗おうとする人間のあがきを美しいと思います。ミカエルや西條は“あがき”なんです」
医療は綺麗ごとだけでは語れない。病院内の人事バランス、医療機器メーカーとの関係、個人の野心。二人の医師を取り巻く人々の思惑が絡み、反発し、それでも「人を救う」という理念だけは合致する人間模様の複雑さに引き込まれる。選ばれるのは西條が操る「ミカエル」か、真木による“神の手”か――。
「自然か人工か、小説一作で結論を出せるほど簡単ではないからこそ書きたかった。自分が分からないから小説を書くのだという思いはデビューから変わらずあります。そして世界は分からない事だらけ。つまり、生きている限り小説を書けるってことですね」
ゆづきゆうこ 1968年岩手県生まれ。2008年「臨床真理」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。16年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。18年『盤上の向日葵』で〈2018年本屋大賞〉2位となる。主な著書に『朽ちないサクラ』『あしたの君へ』『慈雨』『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』『凶犬の眼』『暴虎の牙』『検事の信義』『ふたつの時間、ふたりの自分』『教誨 』『風に立つ』などがある。
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