
- 2025.07.25
- インタビュー・対談
「人って怖いものについて語る時、妙に目がきらきらしていませんか?」梨&大森時生&株式会社闇が再集結。約50種類の“恐怖症”を擬似体験できる『恐怖心展』が開幕
文=朝宮運河
梨さんインタビュー【前篇】
出典 : #CREA
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ

2025年7月18日(金)より東京渋谷のBEAMギャラリーで開催される「恐怖心」に関する展覧会『恐怖心展』。東京・名古屋で10万人の来場者を記録した『行方不明展』を手がけたホラー作家の梨と株式会社闇、テレビ東京プロデューサーの大森時生が再び結集し、観客を新たな不思議体験に誘う、真夏にぴったりの展覧会です。しかし恐怖心を扱う展覧会とはどんなものなのか? 展覧会のメインスタッフの一人で、デビュー以来、独自の恐怖表現にこだわってきた梨さんにの舞台裏や見どころをうかがいました。
あらゆるフォビア(恐怖症)を追体験できる展示
――大きな話題を呼んだ『行方不明展』に続いて梨さんと株式会社闇さん、大森時生さんがこの夏新たに手がける『恐怖心展』。恐怖心に関する展示というアイデアは、どのように生まれたのでしょうか。
恐怖心を扱いたいというのは、実は『行方不明展』より前にあったんです。あらゆるフォビア(恐怖症)を追体験できるような展示ができたら面白いよね、という話は打ち合わせで以前から出ていて。『行方不明展』が終わって、次何をやりましょうかという話になった時に、あらためて恐怖心というテーマが浮かんできました。

ホラー関係者と話していて感じるのは、何らかのフォビアを持っている人が多いんですよ。今回もご一緒している株式会社闇の頓花聖太郎さんは、閉所が怖くてバスに乗れないと公言しています。それが創作意欲と密接に結びついていることもありますし、ホラーを仕事とする人間にとって、恐怖心は気になるテーマだったんです。
――「恐怖」展ではなく「恐怖心」展であるというところにもこだわりが感じられますが。
そこは大事な違いです。今回の展示では恐怖と恐怖心をはっきり区別しているんです。どう違うかというと恐怖は「点」、そして恐怖心はその前後の感情です。たとえば注射の針が刺さる瞬間は怖い、でもそれは一瞬で過ぎ去りますよね。それよりも注射を待っている間の方が怖くないですか。痛いだろうな、血が出たらどうしよう、と予期不安で心がいっぱいになる。その感じを私たちは恐怖心と呼んでいます。
――では今回の展示では、その恐怖心を体験できるということですね。
観客の腕に注射の針を刺すわけにはいかないので(笑)、擬似的に恐怖心を味わってもらえるような仕掛けを作っています。たとえば先端恐怖症のコーナーでは、アクリル板越しに無数のコンパスの針と対面することになります。このように“そのもの”を展示している他に、恐怖症を抱いている人の心理を読み物として展示している箇所もあります。たとえば幸福を恐れるチェロフォビアという恐怖症があるのですが、これは物では表現しづらいので、架空のYouTubeチャンネルの概要欄を作成して、そこに幸せを恐怖する気持ちをテキストとして埋め込みました。
約50もの“恐怖症”を展示

――恐怖症をセレクトするのも大変そうですね。全部でいくつの恐怖症が展示されているんでしょうか。
展示されているのは約50です。とりあえずさらえるだけさらってみたら約600あって、そこから観客の共感をある程度得やすいものや展示映えするものという基準で絞っていきました。順路は恐怖の対象によって4つのパートに分かれています。1つ目が物に対する恐怖。先端恐怖症とかクモ恐怖症とか、はっきりした対象が存在するものですね。2つ目は社会的な恐怖。最近話題の電話恐怖症などがそれですね。電話が鳴ったからといって、身体に危害を加えられるわけではありません。これは人間の心理が複雑に進化してきたからこそ生まれる恐怖心だと思います。

3つ目が空間への恐怖。高所恐怖症や海洋恐怖症など、場に対して生じる恐怖心です。そして4つ目が概念に対する恐怖。
――概念に対する恐怖、といいますと?
たとえば取り残される恐怖です。英語ではフィア・オブ・ミッシング・アウトというのですが、たとえばみんなが見ている流行のアニメを見なければいけないと思い込むとか、自分だけが楽しいことを見逃してしまうんじゃないか、という不安ですね。これはある意味、SNSが発達した現代ならではの恐怖症かなと思います。このように順路を進むにつれて、徐々に具体的なものから概念へ、レンジが広がっていくという作りになっています。
展示をきっかけに自分のアイデンティティを再発見

――医学監修として、精神科医の池内龍太郎さんも関わっておられますね。展示はすべて実在する恐怖症を扱っているんでしょうか。
基本的にはそうですが、一部まだ名前がついていない恐怖症も扱っています。たとえばドリームコアってありますよね。夢で訪れたことがあるような、不安や懐かしさを感じさせる景色のことで、ネット上では怖い画像として拡散されています。これに対する恐怖症にはまだ名前がつけられていないので、池内さんとご相談して呼び名を作りました。夢恐怖症を「オネイロフォビア」と呼ぶので、ドリームコアに対する恐怖症は「パラオネイロフォビア」、夢に似たものへの恐怖症としました。もちろんフィクションであることは明記してあります。
――どの展示コーナーを怖いと感じるかは、見る人によってまったく異なりそうですね。隣にいる人の反応を見るのも面白そうです。

恐怖心は文化に依存している部分も大きいんです。たとえばアメリカでメジャーなピエロ恐怖症は、日本人にはいまいちピンとこない。ピエロがお祭りなどにいる文化がないからです。逆に対人恐怖症という概念は日本発なんですよ。そしてそれ以上に個人に依存するところがある。だからみんなが同じ展示を見ても、反応する部分がまったく違うはずです。人が怖がっている姿を合法的に見られる空間ってそうないですし、できれば相手を変えて3回くらい見にきてほしいですね(笑)。
――「自分はこれが怖かったのか」と気づくことで、新しい自分を知る場所にもなりそうですね。
名前を与えられると、それまでぼんやりしていたものがクリアになりますからね。これは恐怖症とは違いますが、「共感性羞恥」という言葉がこれだけ一般化したのも、ネーミングがぴったりはまっていたからだと思う。「私は○○恐怖症です」と言葉にできるのは、自分のアイデンティティを再発見すること。それはある意味救いだし、解放だとも思っています。『恐怖心展』がそのきっかけになればいいとも思っています。実は閉所が怖かったという事実を深夜のエレベーターで知るよりも、『恐怖心展』の会場で知るほうがずっと安全ですから(笑)。
人は怖いものについて語る時、妙に目がきらきらしている

――『行方不明展』以上にメッセージ性が強い展示になっているのかなと、うかがっていて感じましたが。
それはあるかもしれません。人って怖いものについて語る時、妙に目がきらきらしていませんか? やや変な喩えですが、小学生の時、彫刻刀で指を切ってしまったという体験談をする時、みんな妙に嬉しそうなんですよ(笑)。痛かった、こんなに血が出ちゃったと言いながら、それを語りに昇華して、記憶の中に居場所を与えている。『恐怖心展』は擬似的にそういう体験ができる場で、人がどのように恐怖心に向き合ったか、約50通りのパターンで見ることができます。
Franz K Endoによるティザー動画も公開中。
「新たな価値観を提供する」みたいな堅苦しい言い方をするつもりはないですが、夏の怖い展示を楽しみながら、恐怖心に対する解像度をちょっとあげてもらえたら嬉しいかなと思います。
――ちょっと気が早いですが、『恐怖心展』の次にやってみたい企画はありますか。
マジで何も考えていないです(笑)。ホラー作家が恐怖心を扱うって、最終回に近いじゃないですか。だから本当に思いつかないんですけど、何かやることになったらまた大森さんや闇さんと一緒に考えます。最近は展示会を使ってストーリーを語るという手法が一般的になってきたので、そこにどう逆張りしていくかも考えどころですね。次に繋げるためにもまずは『恐怖心展』が話題になってほしい。この夏はぜひ東京の会場に足を運んでみてください。
梨(なし)
インターネットを中心に活動するホラー作家。2022年、『かわいそ笑』で書籍デビュー。「その怪文書を読みましたか」「行方不明展」「恐怖心展」等展覧会の企画から、イベント・テレビ番組「祓除」構成、映像作品「マルクト情報テレビ」 「マルクト ~あなた、誰ですか?~」 原案・監修、漫画『コワい話は≠くだけで。』原作など、多方面で活躍。他の著書に『ここにひとつの□がある』『お前の死因にとびきりの恐怖を』『自由慄』『6』や、『つねにすでに』(株式会社闇との共著)、謎解きゲーム集『5分間リアル脱出ゲーム おしまい』(SCRAPとの共著)などがある。

恐怖心展
会期:7/18(金)~8/31(日)
会場:BEAMギャラリー(東京都渋谷区宇田川町31-2 渋谷BEAM 4F ※渋谷駅徒歩5分)
開催時間:11:00~20:00 ※最終入場は閉館30分前まで ※観覧の所要時間は約90分となります
料金:2,300円(税込) ※小学生以上は有料
主催:株式会社闇、株式会社テレビ東京、株式会社ローソンエンタテインメント
会場協力:東急不動産株式会社
企画:梨、株式会社闇、大森時生(テレビ東京)
医学監修:池内龍太郎(精神科医)
公式HP:https://kyoufushin.com/
SNS:X(@kyoufushinten)・Instagram(@kyoufushinten)・TikTok(@kyoufushinten)
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