
恋愛、人間関係、そして自分自身……なぜ人は悩むのか。テレビでもおなじみの脳科学者・中野信子さんが脳科学の観点から人生相談に答えた『悩脳と生きる』から、一部再構成してご紹介します。
お悩み「失敗が怖くて挑戦できない」
私はかつて中学受験に失敗し、以後は絶対に高望みはしないようにしています。高校や大学の受験はA判定でも第一志望のランクを下げました。大学で留学のチャンスがあったときは、選考に落ちるかもしれないから説明会にも行きませんでした。
就職も無難に一般職採用。昇進試験や資格試験も受けません。実は、夫もいちばん好きだった男性ではありません。
ほどほどの人生でも罰点がつくよりいいと思って生きてきました。ただ、子どもが生まれ、この子も同じような生き方になってもいいのかと不安になりました。
失敗してもいいからもっとチャレンジする人生、失敗してもくじけない人生のほうがいいのではないかと。私自身が生き方を変えたほうがいいのでしょうか? 変えることはできるのでしょうか?(33歳・女性 会社員)

不安を感じやすい人が多いのは日本人の資質です
多くの人が誤解しているようなのですが、志を高く持たなければならない合理的な理由は存在しません。人間も生物であり、生物にとって最も重要なのは生き延びることです。「失敗を避ける」という堅実な選択は、生き延びるために万全を期すという観点からは決して間違いではないのです。
お馴染みのセロトニンという脳内物質は感情や気分を安定させる働きをしますが、これはセロトニントランスポーターというタンパク質に取り込まれ、再び分泌されます。セロトニントランスポーターの数は人によって違い、少ないタイプの人は不安を感じやすいことがわかっていて、日本人にはこのタイプが多いのです。
それは日本に自然災害が多いということが関係しているのかもしれません。日本は世界の総陸地面積の0.25%以下の大きさしかないのに、災害は実に全世界の約20%が一国に集中して起こるという災害大国です。
セロトニントランスポーターの少ないタイプの人は不安をいち早く感じることで、災害の危険が迫ったときにそれを回避したり、準備を整えたりしておくことで命を落とさずにすむ可能性が高くなったのだろうと推測されます。
災害が起こりやすいという地理条件というのはかなり長い間、変化することはありませんから、不安傾向の高い人たちだけが選択的に生き延びた結果、慎重で堅実な人たちがたくさんいる、日本という国が次第に形成されていったのだろうと考えられます。
母親が生き方を変えたとしても、子どもは…
あなたの堅実な生き方は日本という地理環境に適応して生き延びられる戦略です。確かに、ときには派手な挑戦を楽しんで生きる人を見て、うらやましくなることもあるかもしれません。
しかし、だからといって、「失敗を恐れずチャレンジしよう、後悔しない人生を送るために」などと安易に勧めることはできないのです。

さらにいうならば、たとえお母さん自身が生き方を変えたとしても、お子さんは自分の脳が求める戦略を取ってしまうでしょう。
もしかしたらそこにこそ不安を感じてしまうかもしれませんが、お子さんにあれこれ指示する以前に、あらゆる可能性を想定して、失敗してもリカバリーできるよう準備してあげることができるというのも、あなたのような方が持つ卓越した能力の一つと言えるのではないでしょうか。
定価 1,650円(税込)
文藝春秋
失敗が怖い、恋ができない、SNS疲れ……。ままならない悩みを科学目線で解明する「週刊文春WOMAN」の人気連載を書籍化。読者と有名人の悩みに答えるほか、森山未來、二階堂ふみらとの対面相談も収録。
中野信子(なかの・のぶこ)
1975年東京都生まれ。脳科学者、認知科学者。東日本国際大学教授、京都芸術大学客員教授、森美術館理事。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年までフランス国立研究所ニューロスピンに勤務。著書に『サイコパス』(文春新書)、『新版科学がつきとめた「運のいい人」」(サンマーク出版)、『新版人は、なぜ他人を許せないのか?」(アスコム)、『児の脳科学』(講談社+a新書)など。「大下容子ワイド!スクランブル」(テレビ朝日系)他テレビ出演も多数。