
恋愛、人間関係、そして自分自身……なぜ人は悩むのか。テレビでもおなじみの脳科学者・中野信子さんが脳科学の観点から人生相談に答えた『悩脳と生きる』から、一部再構成してご紹介します。
お悩み「ストッパーが壊れたようにしゃべりすぎてしまう」
上司から「話が長い」と言われます。語り草になっているのは、私自身の結婚披露宴です。両親への感謝の手紙を書かずにスピーチで済ませようとした私は、気がつけば30分もぺらぺらしゃべっていました。
感動と涙のシーンだったのに誰ひとり感動せず、両親の涙さえなかったのは明らかです。お客様を見送る際には、皆さまより「あんなにしゃべる花嫁は初めて見た」という感想をいただきました。
実は私、子どもの頃は外に出るとひと言もしゃべれない人間でした。公園の砂場で遊んでいても、ほかの子どもの気配を察知するや否やこそこそ退散。小学校時代は、授業中に挙手したことがありません。
徐々に人格改造をして社会性を身につけた結果、会社では編集者の人格で人と話せるようになり、特に年上の人との会話は無理せずできているように思います。ただ、ときにストッパーが壊れたようにしゃべってしまいます。修理は可能でしょうか。
そうそう、そういえば先日……(「週刊文春WOMAN」編集長)

話が長いのは、ふだんの抑圧が大きいから
お話の途中ですが本当に止まりそうにないので、このぐらいにしておきましょう。あなたのお悩みは理解しました。
私は驚くほどあなたに似ています。私も子どもの頃はボッチでした。あなたが人見知りを克服しようと頑張ったこと、そして実は今も頑張っていること、よくわかりますよ。
編集者としては人と話ができるというのは、「編集者」というフォーマットがあってそのとおりに振る舞えばいいから楽なんです。会社では編集者のペルソナを被っているんですね。あなたは人格改造したのではなく、TPOに合わせたペルソナをつくる能力を発達させたのです。
年上の人となら会話ができるというのも、年上には敬語を使い、私が目下でございますという顔をしておけばいいとわかっているからです。だから同年代や年下が相手だと、かえって疲れてしまう。立ち位置に困り、一から計算しなければならないから、しんどいですよね。
話が長いのは、このようにふだんの抑圧が大きいからです。歓びを感じるとき、幸福を感じるときに脳内で大量に分泌する「快楽をもたらす化学物質」があります。お馴染みのドーパミンですね。
人は、自分のことを語るときにもドーパミンが大量に出ています。ほかの人に話を聞いてもらっていると性行為のときよりもドーパミンが出ているという研究報告もあって、それほど話を聞いてもらうというのは気持ちのいいことなんです。
修理は不可能。全方向をまるく収めるためには……
あなたはおしゃべりによってドーパミンを分泌し、抑圧された分を取り戻そうとするので話が長くなるのでしょう。修理は不可能です。ですから、自分で話すよりも人の話を聞いているほうが好きな人をたくさん確保しておくというのが、全方向をまるく収めるための方法になるのではないでしょうか。

定価 1,650円(税込)
文藝春秋
失敗が怖い、恋ができない、SNS疲れ……。ままならない悩みを科学目線で解明する「週刊文春WOMAN」の人気連載を書籍化。読者と有名人の悩みに答えるほか、森山未來、二階堂ふみらとの対面相談も収録。
中野信子(なかの・のぶこ)
1975年東京都生まれ。脳科学者、認知科学者。東日本国際大学教授、京都芸術大学客員教授、森美術館理事。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年までフランス国立研究所ニューロスピンに勤務。著書に『サイコパス』(文春新書)、『新版科学がつきとめた「運のいい人」」(サンマーク出版)、『新版人は、なぜ他人を許せないのか?」(アスコム)、『児の脳科学』(講談社+a新書)など。「大下容子ワイド!スクランブル」(テレビ朝日系)他テレビ出演も多数。