“ミステリ短編の神様”大山誠一郎による、超ド級のミステリ作品誕生の舞台裏!〉から続く

 国内ではドラマ化され、中国でも爆発的な人気を誇る「赤い博物館」シリーズ。注目の最新作『死の絆 赤い博物館』がいよいよ刊行の運びとなりました。京都大学推理小説研究会時代から「犯人当て」の名手としてその名をとどろかせた著者の大山誠一郎さんに、中国での反響、そして国内のドラマ化について伺いました。

『死の絆 赤い博物館』のwataboku氏によるカバー画。緋色冴子の強い目線に読者はたじたじとなる。未解決事件の真相を彼女がどう暴くのか? ミステリに詳しくない人にも分かりやすいと評判の本シリーズ、ぜひご注目ください!

★★★

中国でうたわれた「ミステリ短編の神様」

――「赤い博物館」の中国での大ヒットはどのようにご覧になっていますか?

大山 本当に嬉しい驚きです。まったく予期していませんでした。なぜ、この作品が外国で?と思いました。

――中国の版元の方に話を伺ったところによると、中国では2020年4月に『アリバイ崩し承ります』、5月に『赤い博物館』を続けて刊行したところ読者からの反響があったので、大山さんの特長をとらえて「ミステリ短編の神様」とPRした。そうしたところ、売れ行きがぐんぐん伸びて各作品がそれぞれ二十数万部の大ヒットを記録しました。読者層は20~30代と若く、男女比も半々くらいだそうで。

大山 ありがとうございます。「ミステリ短編の神様」と言われているのに、びっくりしました(笑)。

――舞台設定が「赤い博物館」という特殊で魅力的な場所という点や、緋色冴子といった女性キャラクターの描写が面白くて人気だそうです。事件がどこでどう発生したか、分かりやすくはっきりしているところも受けているのだとか。

大山 嬉しいです。どうもありがとうございます。

『死の絆 赤い博物館』新刊刊行を記念して、京都大学推理小説研究会の後輩・石井一成(文春文庫部部長、写真真ん中)と本作品やミステリについて熱く語った回がYouTubeチャンネルの文藝春秋PLUSで12月5日に放送予定!後ろにずれることもあります。(https://bunshun.jp/bungeishunju)ここだけでしか聞くことのできない秘話を公開していますのでお楽しみに!! 写真右は文藝春秋PLUS編集部の小田竜ダニエル。(写真:文藝春秋写真部 榎本麻美)

上海のブックフェアで若い読者を虜に

――もう一つ、大山さんの特長として、これは日本の多くの読者も同じように感じていることですが、短い文字数にもかかわらず内容が驚くほど充実している作品だ、ということがいえるのだそうです。そして、スピーディーにテンポよく話が展開していくので、中国の読者にその速さが好まれているのだとか。

 毎年8月に、対談やセミナー、サイン会も行われる宣伝即販のブックフェアが上海で開かれるそうですが、客層は10代と若い。広い会場で各版元がブースを出して自社本を販売するわけですが、いろいろな本を置いてすぐに読むことができる状態にしています。そうすると、若い読者はパッパとページをめくって短編はその場で1話をすぐに読み切れるので面白い!ということで売れるという現象も起きています。なにしろ1編が短いのに何度もどんでん返しをくらい、最後の1行でまた衝撃を受けるという面白さですから。

大山 望外の評価を受けてありがたいです。

――中国の読者の方との交流はありますか?

大山 ミステリファンが作る同人誌から寄稿を求められたことがあります。中国の読書サイトを見ますと、いろいろ感想を書いてくださっているので嬉しいですね。中国でもミステリは人気なんだなと思います。

中国、上海。写真:hoyano/イメージマート

――中国では、日本のように「仕事ミステリ」「旅情ミステリ」など細分化はされていないそうです。シンプルに「ミステリ」というジャンルで皆さん捉えている。

 大山さんご自身がお好きな中国の作家はいらっしゃいますか?

大山 SF作品「三体」シリーズの著者、劉慈欣(リウ・ツーシン)さんです。

 劉さんの作品は、度肝を抜くような奇想を次々と繰り出しながら、同時に人々のリアルな日常を描き、そこから生まれる叙情性も描いている。また、単に奇想を描くだけでなく、物理学から社会学まで膨大な知見を動員して、その奇想によって生じる社会や世界の変化までも描いている。これほどの作家はめったにいないと思います。

 劉慈欣さんは小松左京さんがお好きだそうですが、奇想と日常性や叙情性との両立というのは小松さんの武器でもあったと思います。私も小松左京さんは大好きですので、その流れをくむ劉さんも大好きですね。

――あのオバマ元大統領も、『三体』がお好きだそうですね。

大山 はい。『三体』のスケールがとてつもなく大きいので、議会との毎日の軋轢など些細なことに思えてきたそうです(笑)。

ミステリ初心者にぜひ読んでほしい! 大山さん太鼓判の選りすぐり国内3冊+海外3冊。(写真:文藝春秋写真部 榎本麻美)

ドラマから得る小説へのヒント

――さて、今度は国内のドラマ化についてお伺いします。「赤い博物館」は2016年から2017年にかけて2時間ドラマで2回、松下由樹さん主演で映像化されています。それから何度も再放送され、今年も放送されました。ドラマはオリジナルの設定がされていますね。

大山 ドラマ化については、作品の謎解きの部分だけ原作に忠実であれば、登場人物の設定はドラマ向けに変えてくださってかまわないと思っています。

 たとえば竜雷太さん演じる赤い博物館の守衛・大塚慶次郎は、原作ではあまり登場しない脇役ですが、ドラマでは緋色冴子の父(警察官)の元部下で冴子をあたたかく見守る父親のような存在の重要人物として描かれています。ドラマオリジナルの設定が、とても気に入っています。

――映像になったものを見て、小説を書く際の参考になる部分がおありだとか?

大山 プロットの作り方ですね。2時間枠のドラマなので、さまざまな要素を盛り込んでいるのですが、こういうふうに盛り込めばいいのかと勉強になりました。また、ドラマの1作目は『赤い博物館』所収の「死が共犯者を別つまで」をベースにしているのですが、作中の交換殺人の設定を映像向けにシンプルにしています。ですが、得られる効果は原作と変わらないので、このようにシンプルにすることができるのかと感嘆しました。

――ドラマ化もご自身の糧にしていらっしゃるのですね。

大山さんセレクト、「わが最愛のミステリ」! 国内編3冊+海外編3冊。貴重なラインアップです。

大山 脚本にも俳優陣にも恵まれました。松下由樹さんはじめ、演技の達者な方たちが登場人物に命を吹き込んでくださったのが嬉しかったですし、これから書いていくモチベーションにもなりました。

――演じている俳優さんで特に印象に残っている方はいますか?

大山 「赤い博物館」では寺田聡を演じてくださった山崎裕太さんです。事件の捜査中にミスを犯して花形の捜査一課から閑職の犯罪資料館へ左遷された寺田の屈折を見事に表現してくださっていました。2020年に放送された連続ドラマ「アリバイ崩し承ります」では、ドラマオリジナルのキャラクターを演じてくださった安田顕さんがとにかく上手いなと思いました。情けなくてコミカルで憎めなくて、ちょっと格好よくもあるという。また、名探偵の美谷時乃を演じてくださった浜辺美波さんは、解決場面での膨大な台詞を単調になることなく活き活きと喋る技量に感嘆しました。

煮詰まったとき、どうするか?

――最後に、ご自身が煮詰まってどうしようもなくなったとき、そこからどう抜け出そうとするか、伺わせてください。

大山 私の場合は兼業作家ですので、平日は強制的に働きに出ることになります。勤め先にいるときは基本的に仕事のことで頭がいっぱいになりますので、それが恰好の気分転換になっていると思います。帰りの通勤電車では本を読んだり作品のことを考えたりして、そこから切り替えます。

 煮詰まったら、考えるのをいったんやめて別の行動に移るか、考える場所を変えてみる。これが、煮詰まったときの対処法だと思います。