あのクールビューティな名探偵、緋色冴子(ひいろさえこ)が帰ってきた!
本書『記憶の中の誘拐 赤い博物館』は、警視庁付属犯罪資料館の女主人たる緋色警視が未解決事件(コールド・ケース)の再捜査を行う〈赤い博物館〉シリーズ第二集にあたる。二〇一五年に刊行されたシリーズ開幕の書『赤い博物館』は極めてトリッキーな趣向が凝らされた謎解き小説(パズラー)集で、二〇一六年版「本格ミステリ・ベスト10」の国内ランキング第六位に食い込む好評を得ると、「犯罪資料館 緋色冴子シリーズ『赤い博物館』」のタイトルで二度にわたりTVドラマ化された(TBS系「月曜名作劇場」にて)。松下由樹演じる緋色館長は原作の「雪女」ふうのイメージと重ならない印象は否めなかったが、いずれも刑事ドラマとしては非常に高品位の仕上がりだった。話が先走るけれど、このシリーズ第二集のなかでは「連火(れんか)」や表題作の「記憶の中の誘拐」あたりがすこぶる映像化に向いていると思うので、ぜひTVドラマシリーズのほうも続行してほしい。
そんな〈赤い博物館〉シリーズの著者、大山誠一郎は、令和の今もっとも注目を集めるミステリ作家の一人である。綾辻行人や法月綸太郎、我孫子武丸ら多くのミステリ作家を輩出してきた京都大学推理小説研究会出身の大山は、まず翻訳家として本邦ミステリ界に登場して間もなく、電子書籍販売サイト e─NOVELS や鮎川哲也監修の公募アンソロジー『新・本格推理』で短篇の意欲作を発表すると、二〇〇四年に『アルファベット・パズラーズ』を上梓して本格的に小説家デビューを果たす。時空を超える不老の名探偵が密室事件の解決に乗り出す『密室蒐集家』(二〇一二年)で第十三回本格ミステリ大賞を獲得し斯界に確かな地歩を築くと、浜辺美波主演のTVドラマシリーズ(テレビ朝日系)も制作された『アリバイ崩し承ります』(一八年)や周囲の人間の推理力を向上させる特殊能力者が登場する『ワトソン力(りょく)』(二〇年)など、寡作ながらミステリファンの期待を裏切らない秀作を発表し続けている。いまや「大山誠一郎」の名は、それだけで“買い”と決めていい、信頼と実績あるブランドだ。
おそらく今、書店の“文庫新刊棚”からこの本を見つけて巻末解説に目をとおしている読者(あなた)は、すでにシリーズ第一集『赤い博物館』を愉しまれた向きだろう。そんなあなたは、文春文庫オリジナルで刊行される第二集『記憶の中の誘拐』を、さっそくレジに持っていくのが正解だ。まこと充実の中身は第一集に勝るとも劣らない――いや、個人的にははっきりミステリとしての凄味が増したと太鼓判を押す第二集をぜひとも味わい尽くされますよう! 先の第一集では勤務先である犯罪資料館から一歩も出ずに事件を解決する安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)を決め込んでいたヒロインだが、意外やこの第二集では元捜査一課刑事の“頼れる助手”寺田聡(てらださとし)とともに再捜査の聞き込みや容疑者との直接対決の場に赴くなど行動に変化があるのも新鮮だ。ネタばらしにならないよう注意を払って、第二集収録の各篇を紹介していこう。
第一話「夕暮れの屋上で」
卒業式のリハーサルが行われた日の放課後、校舎の屋上で悲劇は起こった。もうすぐ離ればなれになる「先輩」への募る想いを伝えた女子高生は憐れ、生きて屋上を出ることはない。警察の疑惑の目は、美術部の三人の三年生に集中するが……。
読者は二十三年前に発生した“屋上の悲劇”の証人と等しい。かすかに屋上から聞こえる少女の声を耳にした清掃業者と“同じ条件”にあるのを意識することが犯人探しのヒントになるだろう。物語の結末で、当時は容疑者の一人だった四十男の、それなりに幸せと信じていたはずの日常に入る深い罅(ひび)に身震いすること必至。
第二話「連火」
神出鬼没の放火魔は、標的にした住宅は跡形なく燃やしても、火をつけてすぐ「火事だ。逃げろ」と電話を掛けて死人は出さない。というのも放火魔の目的は、火災をきっかけに現場にあらわれるはずの「あの人」に会いたいがためで……。
“それ”を起こせば特定の人に会える――ミステリにおける伝統の一形式と認めていい〈八百屋お七〉パターンの新機軸に挑んだ作品。家を焼かれた被害者の聞き込みに同行した緋色館長が、いかにも古典的な名探偵らしく“おかしな質問”をどの被害者にも投げかけるのにニヤリとさせられる。放火魔の待ち人は、じつに意外な場所に身を持していた。
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