「好きなものを応援する」ポジティブな言葉として使われることが多い「推し」。だが、学生のささやかな「推し」と、身を滅ぼすほどの金銭や時間を投じる「推し」は、少なくとも言葉のうえでは地続きだ。

 都内でコンテンツ関連会社に勤務する【ナツキ】(仮名)は、平成元(1989)年生まれの36歳になる女性。女性向け恋愛ゲームの一つである「ネオロマンス」シリーズ(通称・ネオロマ)をきっかけに男性声優の「推し活」にハマり、毎月10万円前後を費やすようになったという。

 二次元オタクとしてアニメやマンガなども嗜む彼女は、男性声優という“異性”に対してどんな欲望を向けているのか。以下、『「推し」という病』(文春新書)より抜粋して紹介する。(全3回中の1回目/つづきを読む

写真はイメージ ©︎graphica/イメージマート

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推しの声優に対して恋愛感情はあるのか?

【ナツキ】の話を聞いていて、疑問に思ったことがある。彼女は非実在キャラクターが好きなのか、それとも現実に存在する声優が好きなのか。

「どちらも好きですよ。ネオロマをきっかけに声優さん単体も追っかけるようになっていました。『推し』と出会ったあとは、本人が出演するイベントには、とりあえず全部行ってました」

 近年は声優のアイドル化・タレント化が進み、メディア露出も増えている。ほかの「推し活」と比較しても「推し」の対象がアイドルやタレントではなく声優に置き換わっただけ、とも思えるが、それもまた違うようだ。

「自分の感覚としては、『声優の○○さん』というよりは、『□□というキャラクターの演者』として推していたところはあります。好きなキャラクターの声を生み出してくれている人、ですね。あくまで“キャラの向こう側”にいる人、というか……。“キャラクターを背負っている”から好き、という面はありますね。好きは好きなんですけど、キャラグッズと違って、好きだからなんでも手に入れたいわけじゃないんです。いわゆる恋愛感情のようなものとは、ちょっと違うような気がします。私の『推し』は結婚しているかどうかを公表していないし、知りたいわけじゃないから、知られないようにしてくれればいいです」

有名声優の不倫スキャンダルに思うこと

 声優の知名度が高まるとともに、最近ではタレント同様、準公人として声優のスキャンダルが報じられる機会が増えた。2022年には人気声優の櫻井孝宏の不倫が「文春オンライン」で報じられ、2024年には大ベテラン・古谷徹の不倫が「週刊文春」で報じられた。櫻井孝宏は【ナツキ】の一番の「推し」ではないものの、好きな声優のひとりであったというが、彼女は「幻滅はしなかったがモヤモヤした」と話す。

櫻井孝宏 ©︎時事通信社

 だが、彼女の言う「知りたいわけじゃない」という言葉は、ただ「興味がない」ことを意味するわけではない。声優オタク界隈では、声優が結婚やパートナーの有無を表明することに対し、極めて強い忌避感を示す傾向にある。純潔信仰とか、恋愛的無菌状態への信仰とでも言うべきだろうか。一般的にはアイドルオタクには「処女信仰」が強いとされがちだが、声優オタク界隈では男女を問わずに恋愛的無菌状態への信仰が根強い。

「付き合えるのなら付き合いたいけど…」

 このような風潮のため、若い頃にアイドル的な人気を博した男性声優は、40代や50代になっても結婚について公表できない現実がある。声優オタクからすれば「キャラクターを守るため」との方便もあるようだが、その「キャラクター」とは、「声優が演じる二次元のキャラクター」だけにとどまらず、「声優が舞台で見せるキャラクター」にも及ぶ。

「ファンに見せる姿は、一生そのままでいてほしい。ずっと変わらないでいてほしい。別にそのままでいいんじゃないか、っていう思いがあって、それは人間として……、声優さんを人間として見てないのかもしれない。声優さんのことも、キャラクターとして見ている、のかも……」

 では、疑似恋愛の対象としては見ていないのだろうか。

「そりゃあ、付き合えるのなら付き合いたいですよ。そういう妄想はします。でも、男性だって『浜辺美波と付き合えるならどうする?』と聞かれたら、同じように答えるんじゃないですか? だからといって、普段からそこを目標に行動しているわけじゃないですよね。だから恋愛対象として見ているというよりは、『夢女子』のほうが感覚的には近いのかもしれません」

自分とは別の“夢小説用の人格”

 彼女が引き合いに出した「夢女子」とは、好きなキャラクターとの恋愛を描く二次創作小説である「夢小説」を愛好する女性読者のことである。夢小説の起源は1990年代まで遡るが、ネットの普及後は、読者が主人公の名前をブラウザで任意に登録できるような仕組みになり、より没入感を高められるようになっているサイトが多い。

「でも夢小説は、自分の名前を登録できるからといって、等身大の自分が『推し』と恋愛する小説を楽しむ、というだけでもないんです。自分とは地続きだけど、自分とはまた違った……“夢小説用の人格”みたいなものがあって、そのフィルターを通して『推し』と恋愛するのを楽しむんです。乙女ゲームもその文脈を継いでいるんじゃないでしょうか」

 世間一般が解釈する疑似恋愛よりも、妄想としての強度が高いということだろうか。

「女っぽくなっていくのに抵抗」「私の好きだった“推し”じゃない…」アイドルファンの40代女性が“推しの成長”を喜べなかった本当のワケ〉へ続く