〈「女っぽくなっていくのに抵抗」「私の好きだった“推し”じゃない…」アイドルファンの40代女性が“推しの成長”を喜べなかった本当のワケ〉から続く
「好きなものを応援する」ポジティブな言葉として使われることが多い「推し」。だが、学生のささやかな「推し」と、身を滅ぼすほどの金銭や時間を投じる「推し」は、少なくとも言葉のうえでは地続きだ。
かつて、若くして急逝したミュージシャンの後を追い、自殺を図った過去を持つ【サナ】(仮名・20代中盤)。一命を取り留めた彼女はいま、あるヴィジュアル系バンドへの「推し活」に身を投じている。
中学生の頃から“性嫌悪”を自認し、「シンプルに男の人が苦手」だったという彼女。そんな彼女が、なぜステージ上の異性だけは好きでいられたのか。以下、『「推し」という病』(文春新書)より抜粋して紹介する。(全3回中の3回目/最初から読む)
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雷に打たれたように好きになってしまう
【サナ】は「推し」を神聖視する傾向がある。それが悪いわけではないが、彼女の場合は後追い自殺を図った前例がある。たとえば「二推し、三推しをつくる」ことで、ひとりの対象に入れ込みすぎないようにリスクをヘッジできないものだろうか。
「何か趣味がほしいな、と思って探し当てたものじゃなくて、いきなりバンッて自分の心に入ってきたものなので、分散するとか代わりを探すのは難しい……ですね」
もともとは雷に打たれたように、“啓示”を受けたように好きになってしまったものだ。だから、同じような体験がなければ、あらたに「推し」はつくれない。彼女の言葉には、不思議な説得力がある。しかし、「好きだから行く」だけでは説明がつかない時もある。
「引っ張られている感覚」でライブに行く
「ライブは好きだから行ってるんですけど、でもなんか、自分の意思で行ってるというよりは、何かの力に動かされて行かされてる……という、“引っ張られている”感覚はあります。行く以外の選択肢がないだろう、って思うんです。だから、めっちゃ義務感で行くときもありますよ。今日もこれからライブなんですけど、正直、行くのもだるい(笑)。行けば楽しいのはわかっているんですけどね。だけど行くのはめんどくさい。ライブ中に夢中で頭を振っている時にも、『このあと帰りの電車1時間かかるなぁ』なんて考えてることもあります」
自分の意思とは別の力に突き動かされ、それに抗うことができない。「どうして」と思うほど、お金を、時間を費やし、自分の人生設計を犠牲にする。刹那的ともいえる行動原理は、「推し活」をしない人にはなかなか理解しづらい。
「推し活」は自分が主人公ではない
「自分が主人公ではないので。『推し活』をやっている自分が主人公じゃないんです」
「推し活」は自分が主人公ではない──。
その言葉に、思わずはっとさせられる。「推し活」という言葉には「活動」を意味する「活」の字が含まれているから、あたかも消費者側に決定権が委ねられているような印象を抱きやすい。消費者側は“自分の意思で”金銭や時間や労力を差し出している、と感じているだろう。あくまで自発的にやっていることだ、と。なかには「もっと金を使わせてくれ」と言うファンもいるくらいだ。
それはたしかに事実だが、その好意を当て込んだ運営側が、より消費者に負担を強いるようなしくみを構築し、そこに消費者がみずから突き進んでいくよう仕向けられているようにも感じられる。合意形成とも強制とも言いきれないような、きわめて特殊な搾取構造があるのではないかと気づかされる。それを、「推し活」という口当たりのいい言葉が隠蔽しているのではないか。ただ少なくとも消費者側には、被害者意識はない。
「推し活」をしている人のなかには、「『推し活』をがんばる」と表現する者も多い。「“引っ張られている”感覚」でライブに行き、多額の金銭を「喜捨」のように浪費する【サナ】の場合は、どのような意識を持っているのだろうか。
推しからは「都合がいい」と思われたい
「最近は昇格して給料も増えたので、余裕は出てきたし、がんばっているという意識はないですけど……、私って健気だな、とふとした瞬間に思うことはあります(笑)」
それは運営側にとってあまりに都合がよすぎる客ではないか。だが、彼女は言う。
「『推し』からは、いい子だな、って思ってもらいたい。そう思ってもらえたら、これ以上の幸せはないですね。『都合がいい』と思ってほしいです」
現在、【サナ】は異性のパートナーと同棲生活を送っている。性嫌悪を自認している彼女からすれば劇的な変化だ。それまでは「ステージ上の人しか好きになれないんじゃないかな」とまで考えていたのだから。
「昔からSNSで相互フォローしていた人です。ファン同士のオフ会でしゃべったり、通話したりしてきた仲なので、感覚としては『異性として出会う』ような始まり方じゃなかったんですね。“男の人”というジャンルというか、垣根を飛び越えると大丈夫みたいで。もちろん異性としても好きですけど、それよりも一緒にいて楽しい大切な友だち、という気持ちです」
パートナーの“裏切り行為”に激昂
彼女と同棲しているパートナーは、女性地下アイドルの「推し活」をしているという。したがって、【サナ】と「推し活」現場をともにすることはない。「推し」の対象こそ違えども、いわば同好の士。相互フォローの延長上にある関係。彼女は、そう納得している。
だが、一般的な恋人関係と同様、あるいはそれ以上にパートナーに対する独占欲や嫉妬心は芽生える。相手の趣味について「チクチク言うことがある」という。
「その人、私に嘘をついて地下アイドルのライブに行ったことがあるんです」
彼女は語気を強める。どうやって嘘に気づいたのか。
「『推し』のアイドルと撮影したチェキを見つけたんです。チェキって、日付を書き入れるじゃないですか。その日付というのが、私がめちゃくちゃ落ち込んでいた日なんです。かまってほしくて仕事終わりに『早く帰ってきてほしい』って伝えていたんですよね。私には『ごめんね。いまレジのお金が合わなくて、ちょっと遅くなるかも』って返事が来ていました。私、普段はあんまり怒ることがなくて、声を荒げることもないんですけど、そのときは自分で笑っちゃうくらいに怒ってました。それで、チェキを切り裂いたんです」
切り裂いた。そう簡単に言ってのけるが、チェキフィルムは見た目以上に頑丈だ。勢いに任せたとしても、おいそれと素手で引きちぎれるものではない。
血まみれのチェキをSNSにアップ
「そうなんですよねえ。ガーッてちぎろうとしたら、全然切れなくて。むしろ、自分の手の皮膚が切れて血が出ちゃいました。だからハサミでジョキジョキ切り刻んだんです」
切り刻まれた血まみれのチェキを見ていると、少し冷静になれた。
「これはあまりにもメンヘラムーブすぎないか、と。そう思ったら、なんだかおもしろくなってきちゃいました。それでスマホで撮影して、写真をSNSにアップしたんです。でもそれは、相手のことを貶めたいとかそういうことじゃなくって、自分のフォロワーに対して『ちょっとおもしろいことがあったから聞いてよ』くらいの、愚痴るような感覚だったんです」
感情を抑制できず衝動的な行動を起こし、歯止めがきかない。ある程度、客観視できている点は幸いだが、なぜ自分がそこまで傷ついたのか、その要因にまでは思い至っていないのかもしれない。「かまってほしい」は自分の都合なのに、その日に「裏切られた」と彼女は感じた。これはパートナーに大きな愛着を抱くようになり、「こうあってほしい」という理想を抱くようになったから、と理解するのが妥当だろう。期待の裏返し、とも取れなくはない。少なくとも現在の彼女は、「推し」の後追い自殺を図った頃からは、変わりつつあるように思えた。









