医学部に通うほど優秀だった姉が、ある日突然大声で叫びだした。医師で研究者の両親は、そんな姉を「問題ない」と医療から遠ざけ、南京錠をかけて家に閉じ込めた――。

 20年にわたり自身の家族にカメラを向け続けた藤野知明監督による映画『どうすればよかったか?』。その裏側を描いた同名の書籍『どうすればよかったか?』の刊行を記念して、映画のアンコール上映が全国で開催中。

 1月25日、満員の客席を前に行われたポレポレ東中野での舞台挨拶の一部をレポートする。

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藤野知明『どうすればよかったか?』

この映画は「統合失調症になった姉のドキュメンタリー」ではない

司会 本日はご来場いただき誠にありがとうございます。本作『どうすればよかったか?』は、2024年12月の上映開始から1年以上が経過しました。まずは藤野監督、今日まで約1年間、各地で観客の皆さんと対話されてきた今の心境をお聞かせください。

藤野知明監督 ©佐藤亘/文藝春秋

藤野知明監督(以下、藤野) ありがとうございます。私はこれまで4本の映画を作ってきましたが、実は劇場公開できたのはこの作品だけなんです。本作はいわゆるヒューマンドキュメンタリーの枠に収まらない内容だと思っていたので、公開前はどう受け止められるか非常に不安でした。夜寝ている間に口の中を噛んで傷だらけにしてしまうほど緊張していたのですが、実際に公開してみると想像以上に多くの方に足を運んでいただけました。

 今回、書籍を出すことになったのは、1時間40分の映画の中には入りきらなかった部分が多々あったからです。映像作品としては、音楽もつけず、過度な説明もせず、基本的には映像だけで観てもらうべきだと考えて作りましたが、言葉で説明しきれなかった背景を書籍に書きました。

ポレポレ東中野 ©佐藤亘/文藝春秋

司会 書籍だからこそ表現できたこと、あるいは映画で描けなかったことについて詳しく伺えますか。

藤野 映画の冒頭などで家族写真を使っていますが、そこには意図があります。当初、この映画は「統合失調症になった姉のドキュメンタリー」だと言われることがありましたが、自分としては少し違うと感じていました。私は素人ですから、姉の病気そのものを解説するつもりはありませんでした。伝えたかったのは、姉という存在に変化が起きたとき、周りにいる私や両親がどう考え、どう行動したかという記録です。

藤野知明監督 ©佐藤亘/文藝春秋

 私がカメラを回すと、どうしても被写体は他の家族3人になり、私自身の姿や考えは見えにくくなります。例えば、1986年に撮った家族写真があります。姉に最初の急性症状が出たのが1983年ですから、その3年後のものです。写真の中で、私だけがカメラを見ていません。それは、父が“幸せな家族”を演じるように「笑いなさい」と強いてくることに対して、私は「それは嘘じゃないか」と反発して下を向いていたからです。

 当時の私の頭の中は、本当に混乱状態でした。相談できる相手もおらず、医師である両親は「姉は何でもない」と言う。姉が統合失調症かもしれないと周囲に漏らすこと自体が憚られる時代でした。いつまでこの状況が続くのかわからず、不安で夜も眠れなくなり、目的もなく夜の街をぐるぐる歩き回ったこともあります。こうした撮影前の、私自身の状況なども映像には残せませんでしたが、書籍には詳しく書くことができました。

 舞台挨拶の後半では、映画を観終わったばかりの観客との質疑応答が行われた。

藤野知明監督 ©佐藤亘/文藝春秋

ひとりの人間としての父を理解できるようになった

観客A 1年ほど前の公開時に、この映画を初めて拝見しました。私は父と折り合いが悪く、一度縁を切ったこともあったので、最初は藤野監督のお父様に対して怒りを感じながら観ていたのですが、今日2回目を観たら、少しだけお父様に対する視線が優しくなっている自分がいました。監督ご自身は、映画を作ったことで家族への感情に変化はありましたか。

藤野 私は今59歳ですが、父が映画の中で見せている姿がだいたい60歳くらいなんですね。自分があの頃の父と同じ年齢になって、ようやく子供としての目線だけでなく、ひとりの人間としての父を理解できるようになってきた部分はあります。

ポレポレ東中野 ©佐藤亘/文藝春秋

 ただ、それとは別に、姉への対応については今も冷静に考えています。例えば、姉が2008年に入院した際に処方された薬はよく効きましたが、その薬自体は1996年から使えたものでした。12年も前に試すことができたはずなんです。その時間を逃してしまった点については、やはり父や母の判断に問題があったのではないかと思っています。

両親は姉が統合失調症であると分かっていたと思う

観客B ご両親は医師でありながら、カメラの前では最後まで「お姉さんは病気ではない」と仰っていました。実際はどのように思われていたのでしょうか。

藤野知明監督 ©佐藤亘/文藝春秋

藤野 結論から言えば、両親は姉が統合失調症であると分かっていたと思います。医師ですから、素人以上に理解していたはずです。ただ、それを認めて通院歴が残る形にしてしまうと、医師や研究者としての彼女の道が閉ざされてしまう。自分たちの手でこっそり治療して、元の状態に戻せるのではないかという願いを捨てきれなかったのでしょう。しかし現実にはうまくいかず、途中で方向転換ができなくなってしまったのだと思います。

 ひとつ大事なことは、統合失調症は原因が分かっていない病気であり、誰にも責任はないということです。本人にも、両親にもです。これはこの映画を作る上での私の基本的な姿勢です。

書籍には映像には映っていない家族の葛藤もたくさん書いた

司会 最後にこれから映画をご覧になる方、あるいは書籍を手に取られる方にメッセージをお願いします。

藤野 観客の方から「ビデオを回している暇があるなら、早く病院に連れて行けばよかったのではないか」という感想をいただくこともあります。ですが、当時の状況ではそれは不可能でした。私が無理に連れて行っても、医師である親の判断の方が重みを持っており、すぐに連れ戻されてしまうからです。私にできることは、時間をかけて両親を説得することだけでした。

藤野知明監督 ©佐藤亘/文藝春秋

 私の20代は、姉の姿を見て「自分もいつか同じようになるのではないか」という不安に苛まれる、本当に辛い時期でした。早く時が過ぎて、30代、40代になれば落ち着けるのではないかと願いながら生きていました。

 この映画は「こうすれば正解だった」という話ではありません。うまくいかなかった例をあえて公にすることで、同じような苦しみにいる方々の何らかの知恵になればと願っています。書籍には、映像に映っていない家族の葛藤もたくさん書き込みましたので、併せて読んでいただければ幸いです。

ポレポレ東中野 ©佐藤亘/文藝春秋