2度の結婚と離婚を経て、3度目の結婚を前に、姓の変更をめぐる理不尽に直面した漫画家・鳥飼茜さん。改姓のたびに発生する煩雑な手続きに、氏の変更にまつわるある作業を放置していたところ、まさかの法律の改正が壁となり立ちはだかったのだ。
「選択的夫婦別姓」制度が実現してくれていれば、こんなことにはならなかったのに……。姓に翻弄される半生と結婚の傘のもとでの男女の力学が綴られたエッセイ『今世紀最大の理不尽 それでも、結婚がしたかった』の冒頭部分をお届けします。
◆◆◆
私の身に起きた眩暈のしそうな理不尽と世にも奇妙な選択
選択的夫婦別姓。
結婚して苗字を一緒にしてもしなくてもいい。こんなに八方丸く全員得なルールを、始めるか始めないか議論されてから、どのくらいの月日が経っただろうか。
私自身、結婚と離婚を2回し、その2回とも苗字を夫のものに変えた経緯があるので、いま現在結婚したい人が選べるのが、カップルのどちらかに苗字を統一する法律婚と、苗字を別々のまま夫婦と自称する事実婚のどちらかしかない現実は当然目の当たりにしてきた。
事実婚は配偶者控除が受けられなかったり、相続権がないという、金銭的に不利な面があるほか、いざ配偶者の緊急事態という時には夫婦と扱われないシチュエーションが残されていると聞く。とはいえ別姓可能になる法律の変更はなかなか進まない。よその夫婦に好んで別姓婚されるとどうしても都合が悪いっていう人々の様々な意見があるらしい。選択的って言ってんだから人がどうしようと勝手だろうが、というこれ以上ないほどシンプルな理論が通らないことも、日本には他にも堕胎罪とか意味がわからない法律がいまだに健在なのも、もう全部賢い人たちが一通り語り尽くしただろうし、私としてもこの期に及んで革新的な論理を見出したわけではない。
人の勝手でしかないことを、なぜか国とか知らん人間の集合体が、ああせいこうせいと決めつけてくる。それにはもう飽きたというか、政治の力で私の希望が叶うなんてことはとうの昔に諦めている。
これから私が始めたいのは、選択的夫婦別姓を積極的に論じるとか余裕のある話ではなく、この数日に起こった眩暈のしそうな理不尽と、そこから導くしかなかった世にも奇怪な私の人生の選択について、です。
姓なんて記号だからなんだって構わない?ペンネームと姓をめぐる長い遍歴
今一度自分の状況を説明させて欲しい。
私は漫画家でペンネームを鳥飼茜、と言います。この名前は頭から尻までいわば偽名であり、漫画家になるまでは本名Hという、世にも珍しい氏を名乗っていた。
このHという漢字そのものを殆どの人は目にしたことすらないであろうし、読み方に至ってはとっかかり0%の難読文字である。
(初見の国語教師が挑戦しては無惨に敗北する姿を何度も見た。)
例えていうなら「爨」という字をなんと読むか、と似た程度の難しさだと思ってほしい。
2008年、27歳の年に一度目の結婚をし、本名のHから、Oといういわゆる「一般的な苗字」になった。
イメージで言うと、先ほど例に出した「爨さん」から「杉山さん」になったくらいの変身ぶりだと思ってもらいたい。
小学校の時から教室でいじられたり、初授業では必ず読み方をめぐって先生の微妙な間を生み出したHという奇抜な苗字を、結婚という順当な理由で卒業できて私はどちらかといえば幸せだった。
じつは大人になるにつれ、Hという苗字に対する周囲の反応が「変な苗字(笑)」、から「変わっててかっこいい」、というふうにポジティブな変化を遂げたのだが、夫がHに改姓するという案は一度も出なかったし、それが当然だと思っていた。
今からおよそ20年前のことで、1996年に法制審議会で選択的夫婦別氏制度の導入がはじめて提言されてから約10年経ってはいたが、20代の私はそんなニュースはつゆとも知らず結婚相手の苗字に変わることへほのかな幸せのようなものを抱いていた、と思う。
電話口などで「Oです」と名乗るたび、すんなりと聞き取ってもらえる喜びときたらなかった。これまでの通じなさから、私は自分の滑舌が異常に悪いものだとばかり思っていたのだ。
苗字がOになってすぐに子供ができ、2歳になる頃に離婚をした。
特に揉めたりいがみ合って別れたのでないことと、O姓である子供との繋がりやこれまでの便利さを考えると、ここで本名のHに戻す選択肢は無かった。そもそも、結婚して姓をHからOにした時の手続きの煩雑さは異常だった。
国民健康保険、年金、パスポート銀行口座クレジットカード各種団体保険ほか……苦労して変えたものを一から全部戻して行くなんて何時代の罰だよ、と思っていた。
かくして離婚後も結婚時のOの姓を名乗っていた私だったが、2018年に再婚の運びとなった。
その当時少し話題になりつつあった事実婚というものが、頭を掠めないでは無かった。が、相手が結婚を求めた理由が遺産にまつわるものだったこともあり、事実婚ではカバーできない事態を懸念して、再び法律のもとの結婚を決めたのだった。
そのころには選択的夫婦別姓の導入を求める声があちこちで上がっていて、それが出来たら良かったのにとも思いつつ、私がまたも夫の姓に変更することになった。
(いま思えば恥ずかしい話だが、当時結婚を前にした話し合いで「事実婚を明かすことは『自称』要素が強くて、自分たちのことをみずから夫婦なんです分かってくださいと触れ回っているようで恥ずかしいから、規定通りの法律婚が良い」という意見の一致があったことを覚えている。本当に、世間を何も知らないでなんて愚かなことを思っていたんだろうか。発想がしょうもなさすぎる。)
おおかたの周囲の予想通り、2度目のこの法律婚も3年で破綻を迎えた。離婚時点で結婚時共同で購入した家があること、それをすぐには売却できない事由があったこと、それから本音を言えばなるだけ私が穏便に離婚を済ませたい一心で、離婚後すぐさま苗字を戻すという行動がお相手の心象を悪くするんじゃ、という行き過ぎた懸念があり(住む家のことが後に片付くまではこれが続いた)、結局苗字は2度目の結婚相手のもののまま、数ヶ月がたってしまった。
そもそも私には先にもお伝えしたとおり、ペンネームという便利なものがある。なのでいかに本名の苗字が変わろうが、通称はこの20年変わらず偽名の「鳥飼」なのであった。
ちょっと奮発した食事や買い物でうきうきと決済する時の署名が、病気やけがで不安な時に病院で呼ばれる名が、自分が事故にでも遭って死んでしまった時にアナウンスされる名がなんであろうが、構わないじゃないか。構わないのだろうか? え、本当に?
苗字なんて記号だから、本当はなんだって構わないと頭では思う。でも2度目の離婚の数ヶ月後(つまりようやく共有不動産問題が片付いたあと)、これらのシチュエーションで今の苗字を呼ばれるシーンを想像すると、心臓の裏側にいっせいに湿疹が出来たかのような壮絶な違和感を覚えるようになった。
一度目の離婚後にそういうことはなかったので、事情によるというか、なんでそこまでの異物感を感じるのかを最も平たく説明するなら、どの人間にも相性というのがあり、2度目の結婚は自分が自分らしいままではいられない種類の相性だった。と解説しとくのが穏便なところかと思う。
何かで名前を呼ばれるたび、またどこかのレストランを予約するたび、可愛い飼い犬のワクチンのお知らせを受け取るたび、自分が自分のままではいられなかった時のことを思い出してちょっと息苦しい。
ちなみにレストランの予約なんて仮名でもなんでもいいのに、なぜそんな律儀に本当の名を書くのか、と思われる向きもあるだろうが、何を隠そう私は大・まじめ人間なんである。
適当な名前を伝えて、いざ会計となった時、クレジットカードの名義と違うことがバレたら。そんな不安を抱えて美味しく食事ができないくらいの律儀さ。融通が利かないともいう。
自分で選んでしたことでそんなふうに思うなら、離婚した時にさっさと戻しておけよ。と、愚かさを笑うのは、一度でも結婚相手の苗字に変えたことがある方だけにしていただきたい。
とにかく、すぐにでも苗字を変えなければ。
そう思い立ち、区役所に電話をかけて手段を聞いたのが2度目の離婚の翌年である2023年。今から2年前だった。
夫婦別姓、まだなん!?
結婚して変えた苗字は、離婚時に旧姓に戻すかそのまま称するかを選ぶ。どちらも離婚届を提出する際に設定できるが、離婚後3ヶ月以内に届け出が必要で、以降は気が変わっても苗字を変更することが原則できないため家庭裁判所にその旨を申し立て、裁判官による審理を受けなければならない。
申立ての際は必ず理由を明記して、必要なら理由を裏付けるための書類、ないし婚姻前から現在まですべての本籍地から戸籍謄本を取り寄せ、添付する。
これらを家庭裁判所に渡して大体平均2ヶ月の後、許可されればその通知が来る。
苗字を変えよう。戻そう。ではどの姓に戻すか? 私が選べるのは、一度目の結婚相手の苗字で実の子供と同じOという姓、あるいは生まれた時から27年連れ添った、難儀なあいつことHである。
私は悩みに悩み、利便と都合を考えてOの姓に戻すこととした。
謎の焦燥感に駆られるまま怒濤の勢いで書類を作成し、東京家裁に送りつけた。そして噂通り数ヶ月待たされた後に審判が下り、左記の「審判書」が送付されてからそこで更に確定申請を郵送したのち、晴れて氏の変更申立て許可が記された「審判確定証明書」が送られてきたのだった。
令和5年(家)第68××号
氏の変更許可申立事件について、当裁判所はその申立てを相当と認め、次のとおり審判する。
主文
申立人の氏「XX」を「O」と変更することを許可する。
その時の達成感はすごかった。ようやく新しい人生が始まった(というか私のそもそもの人生が戻ってきた)、と思った。
それくらい歓喜したのに、私はこの許可書を2年もの間放置してしまっていた。
なぜ? と問われたら理由はひとつ。めんどくさかったからである。
この許可書を持って区役所に飛び込めば、自動的に全ての私の名義が元の苗字になる――
そうであれば、私は受け取ったその足で役所に駆け込んだだろう。しかし現実はそうではない。
当たり前だが、役所にこの許可書を提出して変更されるのは、戸籍上の苗字のみである。その他の、そう、国民健康保険、年金、運転免許証、パスポート銀行口座クレジットカード各種団体保険自宅の登記……この一つ一つを変更するための行脚が始まるのである。
どうだろうか。なかには戸籍変更したら最後、1ヶ月以内に回らないといけないものも多数出てくるのだ。私はあまりのめんどくささに一旦撃沈してしまった。また今度にしよう。
だって裁判所の審判は下りているのだから。
目を凝らして何度許可書を睨め回してみても、使用期限の類は一切記載されていない。
いつ行っても苗字を変えられる権利を私は得た。いつでも、好きな時に、私は世界を変えられる。そう思って日々の雑事にかまけていた。
2年間くらい、「あー苗字変えたい」と思いながら、かまけていたのである。
そしてこの度、またしても再再婚の話が浮かび上がった。
結婚はしたいが離婚は懲り懲りである。最悪、離婚は免れないとしても、私はまた苗字問題に振り回されるのだろうか。
ていうか選択的夫婦別姓の話、どうなった??
最初の結婚から十数年経って、私にもいろいろあって、歴史的事件や事故も何個もあり、土の時代から風の時代に、通信は5Gに、iPhoneは16に……
え?
夫婦別姓、まだなん??
まだだったのである。
2025年の今[i]、この現実にしばし呆然とする事となった。
[i] この文章の初出は2025年(「文學界」2025年8月号掲載)。
〈「同世代の男女は同じ世界を見ている』という幻想――パートナーとの対話で見えてきた異世代コミュニケーションのススメ〉へ続く







