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問題作『YABUNONAKA―ヤブノナカー』で、8人の視点からの主張が構築する、SNSの様相に酷似したねじれた空洞

問題作『YABUNONAKA―ヤブノナカー』で、8人の視点からの主張が構築する、SNSの様相に酷似したねじれた空洞

平岡 直子

平岡直子が『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』(金原ひとみ 著)を読む

『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』(金原ひとみ 著)文藝春秋

 インターネットが人を殺す時代になった。性加害を中心的なテーマに据えつつも、それ自体によって引き起こされた死ではなく、インターネットが引き金だとしか言いようのない人の死や自殺未遂がこの小説のなかでは前景化する。タイトルの元ネタである芥川龍之介の『藪の中』は、殺人事件の真犯人がわからない話だ。複数の関係者の証言が食い違い、真相があきらかにならない。この本でも章ごとに視点人物が切り替わり、計8人の登場人物たちがそれぞれの視点から自らの人生を語るが、それによって、インターネットが人を殺すときの漠然とした「数の暴力」という印象が分解され、藪の中、としか言いようのないねじれた空洞が構築されていく。

 この小説はある意味ではSNSの様相に酷似していて、8つのアカウント、もとい、8人の視点人物にはそれぞれ異なる立場と主張がある。10代から50代までの男女、そのなかのだれに感情移入をしたか、読んだ人みんなに聞いてみたい。なぜなら、現実世界で、あるいはインターネットごしに肩入れしがちなタイプとはまったく逆の選択になるのではないか、そういうふうに設計された小説なのではないかと思うからだ。思想的な部分も含めてわたし自身にいちばん属性が近いのは、40代の女性作家である長岡友梨奈で、作者の分身にもっとも近いのも彼女だろうと思われるけれど、わたしにとってはもっとも嫌悪感を誘発されたのが彼女だった。自分の滑稽さを相対化される不快感だ。だって、わたしは大真面目に生きているのだ。たいていの人間はみんな大真面目に生きているのだと思う。逆に、わたしが心を寄せたのは30代の男性編集者である五松武夫だ。現実世界ではおそらくわかりあうことのない人種の、ミソジニックで、既得権益に鈍感で、作中でも何度か登場する性暴力のなかでも最も情状酌量の余地のない卑怯な性暴力の加害者となる五松くんが、本人視点ではわけもわからず地獄に生まれ、わけもわからず苦しんでいる様子が、水に落ちて溺れようとしている虫のようで哀れで苦しく、そして、可笑しかった。この世にどんな加害と暴力があるにせよ、本質的にはこの人が「犯人」なわけではない、と思う。でも、では、だれが? 『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』というタイトルは、本書が社会派群像劇のふりをしたミステリー小説であることを示唆するが、返す刀で芥川の『藪の中』が殺人事件のふりをした性加害の話だったことを思い出させるだろう。

 あまりにおもしろく、しかも読んでも読んでも読み終わらないのでどうなることかと思った。この感覚は、布団のなかでタイムラインをスクロールしつづけるときのあの終わりのなさにかなり近く、小説はTwitterよりおもしろいということをわたしは今まで知らなかったのかもしれないと思う。

かねはらひとみ/1983年、東京都生まれ。2003年、「蛇にピアス」ですばる文学賞を受賞し作家デビュー。04年、同作で芥川龍之介賞を受賞。21年、『アンソーシャル ディスタンス』で谷崎潤一郎賞、22年、『ミーツ・ザ・ワールド』で柴田錬三郎賞を受賞。著書多数。
 

ひらおかなおこ/1984年生まれ。歌人、柳人。著書に歌集『みじかい髪も長い髪も炎』、共著に『起きられない朝のための短歌入門』。

単行本
YABUNONAKA―ヤブノナカ―
金原ひとみ

定価:2,420円(税込)発売日:2025年04月10日

電子書籍
YABUNONAKAーヤブノナカー
金原ひとみ

発売日:2025年04月10日

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  • 『いけないII』道尾秀介・著

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