インタビューほか

伏(ふせ)をめぐる小説と絵の世界
桜庭一樹×鴻池朋子

「本の話」編集部

『伏――贋作・里見八犬伝』 (桜庭一樹 著)

桜庭 文字一個で人と犬。いろんな意味もあるし……。週刊誌の最終回や、単行本のカバーにも出てくる、顔が骸骨で体が犬の絵を、この人と犬の混じった「伏」の象徴として、鴻池さんは捉えていらっしゃるんですか?

鴻池 長くなるんですが、滝沢馬琴の顔を描こうかなと思って資料を調べている時に、『里見八犬伝』は、息子が亡くなって、息子のお嫁さんが馬琴の目が見えなくなった後も口述筆記をして完成したというのを読んだんですね。今回、この物語に馬琴の息子が出てきていて、冥土という名前がつけられている。この冥土という人はある意味、時空を行ったり来たりする、トリックスター的な役目なのかなと思ったら、物語が広がった気がしたんです。ぜんぜん違う次元で、もうひとつの何かが起こっているというような。そうしたら、犬が何か美しい人間のかたちになってというものではなく、物語のラストにも出てきますけれど、もしかしたら日常の中に、人間じゃないようなものが紛れこんでいても見ただけではわからず、でもビジュアルがどんどん強くなっていく私たちの世界の中では……などということを考えていたら、頭蓋骨犬と私は呼んでいるんですけれど、あれが結構嵌ったんです。頭蓋骨は、どのアーティストも必ずもってくるある意味ベタで定番でみんなが好きでオーディナリーなモチーフで、使い方を間違うと同じようなキャラになる危険性はあるんですが、そこにはやはり普遍的な要素がどっかに息づいていると思うので、うまくあったときだけもってくるんですけど。

桜庭 最初怖かったんですが、だんだんかわいいように見えてきます……。伏の子孫がおそらくみんなの血の中にちょっとずつ混ざっていたり、完全に伏だという人もいたりとか、正しいだけじゃなく、獣の面もちょっとある人が今も混ざって私たちと暮らしているし、私たちもそうなのかもしれないという現代のところまで物語を繋げたいと思っていたんです。最終回の挿絵の、図書館のところにいる頭骸骨犬がまさにそういう感じで、時が流れてあの中にいるという。

鴻池 まさに桜庭さんの文章の中で、浜路が、あいつ伏かもしれない、あそこの子供もそうかもしれない、井戸端のおばちゃんもそうかもしれないといったようなくだりが出てきて、そのときに、現在の雑踏の中でランドセルを背負っている子が尻尾を生やしていたりする絵を描いたんですよ。明らかにあのくだりで、桜庭さんは今のことを書いているんだなと思って、今の雑踏が蘇ってきたんですね。自分が一気に何年も動いたというような感触があって。でも現在の雑踏を描いてもある意味ありがちな終わりになってしまうなと思って、この人がまた出てくるような余韻を残したかったので、記憶の廊下みたいなところにおいて、時間を凝縮しておこうかなと。

桜庭 あの「さようなら」は英語の本や映画だと「see you again」みたいな。

鴻池 そうです、そうです。非常に最後に愛着を持ったものになったというのが私の印象ですね。最後には、もう終わっちゃうのかまた会いたいなというのもあったし。

桜庭 あれを見たときに、ストラップとかしおりとかはんこで、頭骸骨犬に吹き出しで「こんにちは」という文字が付いているのを作りたいなと。

鴻池 いいですね、ぜひ。


桜庭 一樹・著

定価:1700円(税込) 発売日:2010年11月27日

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