又吉直樹さん6年ぶりの長編小説『生きとるわ』刊行記念「又吉直樹を唸らせろ!『生きとるわ』レビューコンテスト」では、本作をお読みいただいた感想文を募集。又吉直樹さんが自ら選考を行い、最優秀賞に選ばれた作品には宛名入りサイン本、オリジナルブックカバーと共にご本人からお返事が...ということで話題になっておりました。
締め切りまでに、皆さまから190通を超える熱いレビューをいただきました。有難うございました!又吉さんが一つ一つのレビューと向き合った選考の結果、最優秀賞3作、優秀賞5作、佳作10作が決定いたしました。さらになんと、優秀賞に選ばれた方にも、予定していた賞品に加え又吉さんからのコメントをいただけることになりました。
ついに本日、コンテストの結果を発表します!
本記事では【最優秀賞】に選ばれた3作を掲載!又吉さんからのお返事も紹介いたします。
・優秀賞(5作)の発表記事は こちら>>
・佳作(10作)の発表記事は こちら>>
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👑最優秀賞 ルク鳥(45歳)
私は25年保育士をしています。最近、小説の面白さを知って読むようになりました。「生きとるわ」は少し難しそうに思えたのですが、又吉さんの本なので気になって手に取りました。
難しいかと思っていた「生きとるわ」ですが、ずっと苦しいのにクスッと笑ってしまえる面白さがあり、どんどん読めました。しかし、不思議なことがありました。読んでいく中で「自分の周りにはこういう人いないな」と思っているのに、ふと、これまで担任してきた子どものことが浮かぶ瞬間があるのです。それが何度も…。「いやいや、これ借金したり、人のこと騙したりしてる人の話だから子ども関係ないって」と思いながら読むのに、また子どもたちとのあれこれが思い浮かんでしまうのです。どうしてか分からないまま読み終え、読み終わってすぐは「生きるって…人間って…なんだっけ?」と混乱し、感想を上手くまとめられないような状態になりました。
でも、読了して翌日のこと。今、年長クラスを担任しているのですが、遅い時間はパートの先生が担当してくれています。そのパートの先生が「使ったおもちゃをお片付けしてね」と言ったところ、うちのクラスの子たちが、暗い部屋に隠れて片付けをサボっていたとのこと。翌日その子どもたちに聞いたところ、主犯格の子が「だって片付けめんどくさいんだもん」と言います。他の子たちも「何の話?」と次々集まってきました。すると普段迎えの早い子が「信じられない! 年長さんなのに。あたしは、みんなちゃんとしてるって信じて早く帰ってるんだよ」と泣きながらお説教するのです。それに対して「早く帰る人は片付けしなくてずるいじゃん」と言い返す子、お説教する子に合わせて「ほんと、だよ〜」と語尾だけ真似る子もいれば、雰囲気でもらい泣きしてる子がいるし、「何の話? いつ終わんの?」という表情で真ん中に立ってる子がいて「おまえ、じゃま」とか言われているし。もう、大騒ぎです。
今までだったらその場を収めようと奔走してきたはずの私。でもその時の私は、ただただ「みんな、『生きとるわ〜』」と思ったんです。そして、片付けサボる子も、説教してる子も、もらい泣きしてる子も、何のことか分からないけどそこにいる子も、みんなほんとに愛しいなと思いました。私は毎日子どもたちの赤裸々な生き様を見せてもらっていたんですね。保育の仕事が急に尊いものに感じられました。教育や子育てに関わっているような人にも読んでみてほしいなと思う小説でした。
又吉直樹さんコメント
このたびは拙作『生きとるわ』に感想文をお寄せいただき、誠にありがとうございました。今作に登場する人物たちは、とっくに大人でありながら、それぞれに未成熟な部分を多く残しています。
彼らは、「大人になり切れていない」存在だと僕自身は考えていましたが、いただいたご感想に触れ、そもそも人間の根源となる本能を理性や知識で覆うことができていないだけなのかもしれないと、別の視点から捉えることができました。もっとも、だからといって人に迷惑を掛けていいはずはないのですが。
保育所で子供たちがそれぞれの感性や立場、考えを主張することで混沌とした風景が立ち上がるのは、さながら大人が社会で繰り広げていることと地続きであるかのように感じました。保育所での自由なやり取りを想像すると、とてもかわいらしく思えて、大人にもこれくらいのかわいげが出せればと悔やむところです。
簡単に大人の罪を許す必要はなく、償いと反省を伴ってこそ人は成長するのだろうと思いながらも、どこかでこの小説の登場人物と純粋な存在である子どもたちとを繋げてくださった優しい眼差しを嬉しく思います。
子どもたちの賑やかな声が聞こえてくるような素敵な感想文でした。
作品に新たな光を当ててくださったことに感謝しています。
ありがとうございました。
いただいた言葉を励みに、これからも書き続けてまいります。
令和八年六月一日
又吉直樹
👑最優秀賞 斉藤崇史(32歳)
『生きとるわ』読んだ。おもろかった。何がおもろかったのかを書くのがレビューなら、そんなん書けんと思った。読んでもらう他ない。でもおもろかったと同時に苦しかった。横井のことは正直最後らへんまでまったくわからへんかったけど、岡田と又吉の苦しさがわかった。オレが聞いたのはmy bloody valentineのケヴィンもほくそ笑むほどの脳が揺れるような叫びやった。両手の人差し指で耳のかたつむりの奥の奥まで突っ込んでもずっとずっとずっと突き刺し続けるような強い強い叫びだった。苦しいよ本当の読書は苦しい。でもそれは多くの人には聞こえへんねん。やから、『生きとるわ』読んだやつみんなに「聞こえた?」って聞いてみたい。キモすぎるか、キモすぎるなどう考えても。なあ、でも苦しいよな。生きるのって、ほんまに苦しい。キモいやつとか善人ぶってるやつとか酒に酔ったふりして終電逃してラブホテルに時間と貞操と春を溶かすやつとか家族捨てて悟りの境地に至ろうとするやつとか神の言葉を預かってるやつとか世界中の人々の罪と十字架を背負ってゴルゴダの丘に登るやつとかそんなやつらばっかやねん。なんでオレは泣きながらこんなやつらの悪口書いてるんやろ。ほんまはそんなやつらになりたかったよ。神とは愛の働きだとか信じられるのはそれぞれの人がそれぞれの辛さを背負って深い河で祈っているこの光景ですとか人間の深い河の悲しみとかそんなことを、文字通り命を懸けて書けるようなやつになりたかった。でもこんなイカ臭い文章を練り上げるおっさんの涙じゃ知恵の実も育たへん。なあ、まったん。オレ「何か」があんねん。そんで『生きとるわ』ってその「何か」やねん。だから「この小説で何を伝えたいんだろう」って考えてまうなら『生きとるわ』の本質は掴めへん。これ書いてるのが2月の21日なんやけど10月に始めた仕事を今日辞めてもうた。普通に生きられへん。オレな普通に生きたいわけやないねん。ただ生きたいねんオレ。絶対に生きたいねん。「ヴィヨンの妻」で最後「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」って言うやん。ほんまにそうやと思う。オレ、毎日しんどいしんどいって言いながら、床にイカ臭い涙流してるけど、生きとるわ。そんでなオレな、生きていくよ。どんな苦しいことがあっても、たったひとつ譲れへんものがあんねん。生きるってことは、だれにも譲れへんねん。だからオレ、生きていくよ。そんでいつか又吉さん、あんたに言いたい。「オレも生きとるわ」って。
又吉直樹さんコメント
このたびは拙作『生きとるわ』に感想文をお寄せいただき、誠にありがとうございました。
なにより、この小説に理屈を介さず素手で触ってくれて、ありがとうございます。
小説を書くときには、あれこれと試行錯誤しながら、自分の拠り所となる構造や理屈を捏ねますが、それらは走り出すために必要な補助輪のようなもので、いつのまにか宙に浮いて空回り、自分だけが先に進んでいるような感覚があります。
僕は、作品理解や説明能力だけが読書の最高到達点だとは思っていません。結局のところ、その人がどう読んだのかに尽きるのだと思います。
あなたの感想文に触れて、「この小説で何を伝えたかったのか」ではなく、「なぜこのような小説を書かなければならなかったのか」という根源の動機を思い出しました。
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの音楽は聴くというより、「浴びる」とか「混ざる」という感覚に近いものでした。
その、「何か」。
僕にとっては、遠藤周作の全方位の救済や太宰治の裏返しの人間讃歌がそうでした。その成分を分析しているうちに、かえって大切なものを取り逃がしてしまいそうで、深く考えたことはありません。
ただ、その「何か」だけは掴まえておきたかったのだと思います。その「何か」を定義するのは、やめておきます。
ただ、あなたの生存確認を受け取れたこと、それ以上に生存宣言を聞けたことを嬉しく思います。
いただいた言葉を励みに、これからも書き続けたいと思います。
令和八年六月一日
又吉直樹
👑最優秀賞 織田亮太朗(38歳)
『生きとるわ』レビュー×トリビュート俳句 三十句
虫喰
残暑濃し動物園めく店にゐて
申し訳無ささうな顔の上手くて案山子
いとど跳ぶ流れの借金がドブの怒涛
蛸の口怒らせるほど天高し
通夜にのみ集ふ顔ぶれ秋の暮
溺れかけの日常に水澄みにけり
心斎橋筋にて芋蔓の交錯
ずずずずとストローの音身にしむよ
藪虱つく虚無つてるの使ひ方
大声で謝られ柘榴落つだるさ
愚かな伝統と喝破紅葉散る
打ち切り漫画の脇役じみて蝗
秋の蚊帳週刊誌に載らざる俺ら
真正のあほんだらに蜉蝣の散る
出し汁に映りし月と面の皮
百円の素うどん暮らし草の花
出禁にされても吾亦紅ふるふる
秋の蠅お茶の表面をまじまじ
ごめん無理と言はれし後の立待月
虫時雨ホラーの白黒だつた頃
汚臭せる安き書き割りにて夜なべ
活霊幇助より運動会の祖父母へ感謝
絶唱の奥底ひとときの花野
どぶろくの泥船に乗り合はす仲
社会の膿絞る虫喰ふ木の実より
秋の灯の同じ鼻声違ふ駅
虫の闇まとまらぬままに喋る
瓢箪やエビチャーハン様へ祝詞
手向け損なひし菊さへ哂ひをり
騙されて諭されてなほ冬近し
※本作の創作にあたり、生成AIは一切使用しておりません。
又吉直樹さんコメント
このたびは拙作『生きとるわ』に感想文をお寄せいただき、誠にありがとうございました。
これまでに触れたことのない個性あふれる感想に感銘を受けました。小説を語るのではなく、物語内の風景や事象で俳句を詠むという発想が新鮮で面白かったです。
「虫喰」という題一つとっても、
社会の膿絞る虫喰ふ木の実より
という句だけではなく、小説の欠片を詠みあげていくという試みが感じられて楽しかったです。
申し訳無さそうな顔の上手くて案山子
という句の、切迫しているはずなのにどこか間の抜けた雰囲気に心を掴まれました。
いとど跳ぶ流れの借金がドブの怒涛
「流れの借金」という、この世にあるのかもわからない言葉を自分が書いたことを思い出しました。その不確かな言葉が、「ど」の音の連なりによって迫力を伴いながら流されていくのが痛快でした。
溺れかけの日常に水澄みにけり
追い込まれた状況でも、秋の澄んだ水や空気を感じ取ってしまうときの心細さが痛みと共に再現されていて、小説そのものを離れて感じ入りました。
絶唱の奥底ひとときの花野
自分が秋に生まれていたら、座右の銘にしたいと思いました。
いつか句集を出版された際には買わせていただきます。
素晴らしい句をありがとうございました。
新緑や脱皮せし言葉に噛まる
令和八年六月一日
又吉直樹









