『生きとるわ』(又吉 直樹)

又吉直樹さん6年ぶりの長編小説『生きとるわ』刊行記念「又吉直樹を唸らせろ!『生きとるわ』レビューコンテスト」では、本作をお読みいただいた感想文を募集。又吉直樹さんが自ら選考を行い、最優秀賞に選ばれた作品には宛名入りサイン本、オリジナルブックカバーと共にご本人からお返事が...ということで話題になっておりました。

締め切りまでに、皆さまから190通を超える熱いレビューをいただきました。有難うございました!又吉さんが一つ一つのレビューと向き合った選考の結果、最優秀賞3作、優秀賞5作、佳作10作が決定いたしました。さらになんと、優秀賞に選ばれた方にも、予定していた賞品に加え又吉さんからのコメントをいただけることになりました。

ついに本日、コンテストの結果を発表します!

本記事では【優秀賞】に選ばれた5作を掲載!又吉さんからのお返事も紹介いたします。

・最優秀賞(3作)の発表記事は こちら>>
・佳作(10作)の発表記事は こちら>>
・受賞作の一覧はこちら>>


👑優秀賞 みかん(51歳)

 どうしよう。笑えなかった。多くの番組で、色んな著名人が「笑った」と言っていたのに。この本を笑えないような私だから、これまで友達からお金を貸して欲しいと頼まれたことがないのだろうかと心配になる。

 金を借りた人間ではなく、なぜ貸した側が転落していくのか。世界が反転したような気持ち悪さを感じながら読んだ。

 理不尽に真っ向からぶつかっていく高校時代の岡田は格好良かった。だから、岡田の浮気が露呈するたび、私のなかの岡田像をどうすればいいか困った。「岡田はいい奴だから、友達を無下にできず金を貸し、考え過ぎるしんどさから女性に逃げてしまったのだ」と、私も有希に言い訳した。いい奴ゆえに弱いのだと。しかし、それは図太さではないのかと指摘されたとき、弱さを盾にすることはある種の傲慢さであり、岡田はいい奴と同等に屑でもあると腑に落ちた。岡田は、横井に翻弄される自分の阿保さを肯定するために、わざと自分を貶めるような醜い行為を重ねた。その独りよがりが転落に繋がっていったのだ。その過程を追うのが本当にしんどかった。

 一方で、人間の多面性を一番強烈に感じたのは、岡田の顧客である山下というお婆さんだ。これまでのやりとりから岡田の事情を知ったら助けてくれるのではないかと期待した。しかし、「許してもらえるとでも思たんか?」「早よいね!」というキツイ言葉を投げかけるお婆さんに、「上品で優しい婆さんちゃうかったんかい!」と、その豹変ぶりにショックを受けた。でも同時に、騙されても優しくできる人が本当に優しい人なのではないかという私の身勝手な期待を正しく裏切ってくれたお婆さんの人間臭さが圧倒的で、面白かった。

 そして横井。金を返さないことより、友達が助けを求めても「無理!」の一言で済ませるほど他人には一切想像力を働かせないのに、自分のこととなると先輩に絡まれるだけで大袈裟に反応するようなところに強い嫌悪を覚える。しかし横井はそれを、自分の人生以外には興味はないからと、当然のように言う。屑を自覚し生きたいように生きると言う横井を、最後は羨ましくさえ感じてしまいそうになり、岡田と一緒に妙に惨めな気持ちになる。

 こんな状態になっても岡田が横井を友達だと思えるのは、横井に頼られる自分を肯定できるからだろう。高校時代の岡田を思い出した。

『生きとるわ』は、遠いようですぐそこにある、関わりたくない世界の物語だ。それでも、岡田の人間臭さだけは否定せずにいたいのだ。

又吉直樹さんコメント

 このたびは拙作『生きとるわ』に感想文をお寄せいただき、誠にありがとうございました。「笑えなかった」という率直な感想が眩しく嬉しかったです。岡田は自身の日常を決して俯瞰で眺め、面白いなどと思えないはずです。自分の責任とはいえ、死に物狂いで這いつくばって生きている心地でしょう。また岡田の優しさ、弱さを思い遣ってくれてありがとうございます。「弱さ」のことを「図太さ」と指摘した有希の言葉には自分で書きながら、しばかれているような気分でした。自分も横井になれないなら、この傷を抱えて生きていこうと思います。人間臭さだけでは許されないこともありますが、それでも不器用な思い遣りくらいは失わないようにしたいものです。

 気づきの多いご感想をありがとうございました。

 これを励みに今後も面白いものを作っていきたいと思います。

令和八年六月一日
又吉直樹


👑優秀賞 おぐりん(45歳)

 ブランコに乗りたいと思わなくなったのはいつからだろうか。小学校では取り合いになる人気の遊具だったのに。自分と眼前の景色が揺れるだけ、これを楽しめた純粋さに別れを告げ、私たちは大人になった。迷惑系YouTuberがあげた修羅場動画を下卑た興味で見てしまう、そんな醜悪な大人に。大人になるということは成長や進化ではなく、「ダメになる」ということなのかもしれない。『生きとるわ』には、そんな「ダメ屑人間」がいっぱい登場し、ひどくイライラした。「あかん! もうやめときって!」と、何度岡田に声をかけたか。こんな屑の見本市みたいな作品、私は愛せるやろか・・・読みながら不安を感じたくらいだ。

 しかし、岡田や横井を「屑!」と蔑む資格が私にあるのか?私だって、醜悪な大人の一人ではないのか?いい人ぶって頼み事を引き受け、後で苦しくなるとか、自分にも覚えがあるはずだ。横井輝彦は「横いてる」、誰のそばにもいるし、岡田善人は「善人」を目指すがなりきれない屑、それはそのまま私たち自身ではないか。

 そう考えると、「横井もう消えて!」と読者に思わせておいての『生きとるわ』、これはなんと優しいまなざしだろうか。屑にさえ、「生きていていいよ」と言い、なんなら人間の愚かさや転落の悲劇まで笑いに昇華するとは、なんという寛容さ。電車内で転がる珈琲缶の汚水をそのまま受け止める老婆のように、緩くて、雑で、いい加減、でもなんだか温かい。定ちゃんやママもそう。大阪は「共に汚れてくれる」人たちの集まりなのだ。

 そうか、つまりこの話は「大阪そのもの」なのか。ひったくり日本一の汚名も、道頓堀に飛び込む狂気も、失敗を「おいしい」と感じ、笑い話にする逞しさも、すべて愛すべき大阪の姿だ。大阪は愚かさを包み込み、笑いとばすあたたかい街なのだ。醜悪な屑どもを、「生きとってええねん」とまるごと抱きとめてくれる場所なのだ。

 大人になることは進化ではなく、ダメになることだと言ったが、それは大阪の笑いに似ている。「下げ」や「落ち」を目標とし、なんなら「自ら汚れにいく」。真っ当な人間なら成長や上昇を目指すところを、関西人は、笑いのために進んで情けなくなりにいく。なんちゅうアホ。しかし本作もそうだ。上げることではなく下げることで「人間讃歌」としている。これぞ芸人のなせる技。え、何これ、素敵やん。めっちゃ優しいやん。そうか、大丈夫。私この作品、愛せるわ。

又吉直樹さんコメント

 このたびは拙作『生きとるわ』に感想文をお寄せいただき、ありがとうございました。「大人になるということは成長や進化ではなく、『ダメになる』ということなのかもしれない。」という言葉が印象に残りました。駄目になろうとしているわけではなく、善き人でありたいのに屑である自分と正対させられてしまう。

 確かに大阪には笑い(優しさ)のために自分を落とし、周囲を安心させるやり取りがありますよね。あの下町紳士のような精神を、どこかで使い方を誤り、且つ自分を甘やかし続けると、歯止めがきかずに転落してしまうのかもしれません。彼らには問題があり、大阪人という括りでは語り切れませんが、誰にも迷惑を掛けず暮らしている人のことこそを僕は尊敬しています。

 それでも、大阪の「誰かを笑うくらいなら自分が笑われよう」という優しさはとても好きです。駄目な人間に関わりたくないですが、どこかでは生き続けて欲しいとは思います。

 こんな阿呆な小説を愛してくださってありがとうございます。

令和八年六月一日
又吉直樹


 👑優秀賞 ミーミー(48歳)

 私の父は横井でした。

 父から最初に嘘をつかれたのは3歳の時。車の中で石原裕次郎の『嵐を呼ぶ男』のカセットをかけて「かっこええやろ。実はこれ、パパが若い頃歌ってたやつやねん。ゆうちゃーん、呼ばれてな」と。まだ本物の石原裕次郎さんがご存命だったのにそんな嘘をつかれたのを皮切りに、亡くなるまでの間、数々の嘘と屑行為を繰り返しました。そのため,この世に異母兄弟が沢山いますし、母は狂ったようになりながらも父に騙され続けました。しかし私は父のことが嫌いになれませんでした。むしろ嘘だとわかっているのに騙され続ける母のことが嫌いでした。私は必死で父と180度違う真面目な人と結婚して、母を喜ばせようとしました。それなのに私が真面目な人と結婚して大喜びしたのは母より父の方でした。屑な父を嫌いになれない、自分ばかり正しくあろうとしている私が岡田です。

 又吉直樹さんの『生きとるわ』は、周りに屑がいる方、もしくは自分が屑の方におすすめですが、もしかしたら屑ぶりに大小あれど、みんな結構屑なんじゃないかと思うので、世の中の人みんなに読んでほしいなと思いました。

『生きとるわ』は「生きる」について考えさせられる、でも時々忘れたくもなる、大人の青春小説です。

又吉直樹さんコメント

 このたびは、拙著『生きとるわ』に感想文をお寄せいただき、ありがとうございました。屑にもたらされる開放感と周囲が被る迷惑は切り離せない問題だと思います。駄目な人に対して、しっかり違和感を示せる人がいなければ、世界なんて一瞬で滅んでしまいますもんね。

 お父様はかなり個性が強い方ですね。お父様の自由な生き方を受け入れてしまう気持ち、僕にも少し分かるつもりです。そんな人に翻弄されながらも期待してしまう、お母様の存在があって良かったとも思いました。そして、お母様を喜ばせたくてお父様から遠い人を選ぼうとされたことも強く印象に残りました。

 僕は正しくあろうとする人こそ報われるべきだと思います。

 屑は面白いから存在として好きですが、屑らしく逞しく各々で解放されてくださいと考えています。『生きとるわ』は屑賛美ではなく、むしろ屑に翻弄された人々が、生きやすくなればという気持ちもあります。

 いただいた言葉大事にします。大切な記憶をありがとうございました。

令和八年六月一日
又吉直樹


 👑優秀賞 花奈(29歳)

黒の背景に赤い文字、黄色の帯を纏い、書店に置かれたこの本は、明らかに本棚の中で浮いており、危険物であることを主張しているかのようでした。

1回目読んだときは、物語と同様、ドロドロした感情になり、岡田や登場人物に対して文句が止まりませんでしたが、

2回目読み終わった時は、心が軽くなっていました。

なぜかというと、この本が「何かを失うことでしか満たされない心がある」ということに気づかせてくれたからです。

まともに、ちゃんとしなさい、他人に優しく、きっと両親にそう言われてきた岡田。

公認会計士で既婚。社会的には信頼されるようなレッテルを貼られていたが、実は心は満たされていなかったのだと思います。

周囲の期待に応えながら生きる自分(岡田)とは真逆に周囲の期待を裏切ってばかりの横井を比べた時に、なぜか裏切っている横井の方が人生を楽しんでいるように見え、羨ましく思っていた。

そんな岡田は両親を失い、家族を失い、財産を失い、仕事も失った時、横井のせいで人生が終わったと思いながらも、そのおかげで初めてありのままの自分となり、息ができたのではないでしょうか。

きれいなものだけで満たされて死んだように生きていくより、敢えて自分を汚したり壊したりしてこそ、本来の意味で満たされて「生」を感じられる。

そんなメッセージ性と、面白さだけでなく、読者を救うような優しさが感じられる作品でした。

「失う」と「満たされる」全く相反するもの同士が補い合っていることの面白さに気付かされた時は心が軽く、希望が湧いてくるような気持ちになったことを覚えています。

個人的には、208ページの最初の4行が大好きです。

自分を汚しまくる言葉が並んでいるのに、なぜか美しい光景が浮かんだからです。

もっと分かりやすい言葉があるのだと思いますが、いい言葉が見つかりません。

これから読む回数を重ねていくと分かってくるかもしれません。

3回目は何に気づかせてくれるのか、楽しみにしています。

又吉直樹さんコメント

 このたびは、拙著『生きとるわ』に感想をお寄せいただき、ありがとうございました。たしかに「失う」と「満たされる」は、相反する感覚のようですが、互いに響き合ってもいるのかもしれませんね。社会人の責任、世間からの評価、自分に対する期待、年相応の預金など、考え始めると息が詰まりそうですが、それらを失った時にこそ、岡田は空気を肺いっぱいに吸い込んで満たされたのかもしれません。

 大切な人の信頼を失い、いかにも罠が待ち受けていそうな酒場に出向く岡田は妙に落ち着いていました。ご感想を読みながら、自分にも他人にも過度な期待を抱くのは止めようと思いました。底に落ちる時、岡田や横井のように周囲に迷惑を掛けるのも、掛けられるのも御免ですが、そうなった自分や誰かが、共にいる時間だけでも思い切り息ができるようにしたいと思います。

 いただいた優しい眼差しの言葉を励みに、これからも活動していきたいと思います。

 ありがとうございました。

令和八年六月一日
又吉直樹


 👑優秀賞 むくみ(50歳)

私はかつて同棲相手にお金を貸したことがある。それは車の購入費用だった。
相手は「同棲してるんやから当然貸してくれるよね」「貸してくれないとおかしいよね」というノリだった。
結婚適齢期を過ぎていた私は、彼に嫌われるのが嫌で購入費用を全て出した。なのに貸した瞬間「終わった」と思った。
女にお金を借りるような男とこの先 一生やっていけるのか?

彼が買ったのはハイオクのワゴン車だった。人に借金をしてハイオク車を買う意味が私には分からなかった。
彼曰く、いずれ返すのだから好きな車を買って何が悪い、ということのようだった。
お金を借りていることを謝りに来たのに、うどんを奢ってもらいトッピングを追加し出汁を残した横井とそっくりだ。と思った。

今のパートナーはよくこんなことを言う。
「俺がお金貸してなんて言い出したら、絶対俺から離れろよ」

私は自分の大切な人にお金を無心なんてできない。お金を借りる人は、相手のことを大切だと言いながら、自分のことが一番大切な人なんだと思う。そう思うのは間違っているだろうか。
勿論、自分のことは自分で大切にしなければならないのだけれども。

お金を無心された時、貸さなければ相手に嫌われるかもしれないと思う気持ちは分かる。でも自分が傷つけたくない相手に、人はお金を借りたりしない。
横井が父親にお金を借りていなかったように。
岡田が横井にお金を貸していることを有希には言えなかったように。

日常には大小さまざまな嘘や見栄や意地が渦巻き騙したり騙されたりもする。
でも誰にでも大切な誰かがいる。
そして定ちゃんの優しさのようなものが絶望を救ってくれたりする。

又吉直樹さんコメント

 このたびは、拙著『生きとるわ』に感想をお寄せいただきありがとうございました。大切な人にお金の無心なんてできませんよね。この人に格好悪いと思われたくないという人にも、この人が毎日幸せに暮らせますようにと願う人にも。

 つい、「自分は特別頼られているのだ」と錯覚してしまいますが、実際には信頼している人ではなく、貸してくれそうな人から順に声を掛けているのでしょう。そんな不確かな繋がりに幻想を抱き、なにか意味を見出そうとしている愚かさが恥ずかしいところです。

 今のパートナーの方は素晴らしいですね。言葉にして一緒にいる人を安心させられる人はそうそういないと思います。

 ご感想を読み、岡田も横井も完全なバケモノではなかったのだと確認できました。

 全方位に思い遣りを持つことは難しいかもしれませんが自分が関わる人には優しくありたいと思いました。

 いただいた言葉を励みに今後も活動を続けてまいります。ありがとうございました。

令和八年六月一日
又吉直樹


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