- 2010.09.20
- 書評
カオスの広告、カオスのメディア
文:松原 隆一郎 (東京大学大学院教授)
『BUZZ革命――売れない時代はクチコミで売れ』 (井上理 著)
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
「キング・オブ・メディア」である地上波テレビ、および新聞の凋落が顕著である。こうした事態を報じ分析する書籍はこのところ矢継ぎ早に出版されている。広告費がインターネットのバナーに流れたという説、グーグルに独占されつつあるという説、電子出版でアマゾンが独走という説……。だが本書は、いずれにも組しない。最新の新興勢力である、ユーチューブ、ツイッター、ユーストリーム等、IT系クチコミ(BUZZ)メディアに注目するのである。
ネット本体やグーグルの検索、アマゾンが提供する電子書籍は、いわば、IT内のマスメディア。それに対してツイッターに代表されるBUZZメディアは、IT内のミニコミである。メールはパーソナル・メディアの代表だが、それだと個人対個人の対話にとどまってしまう。かと言ってネットのバナー広告だと、視聴者の趣味は絞れていても、応答はできない。双方向の発信ができ、宣伝もなしうる媒体……それがここで言うBUZZメディアの強みなのだ。
マスメディアの地盤沈下は、すでに世界的な潮流である。たしかに広告費の下落は深刻で、テレビ・新聞・雑誌ともに急速に減退し、それを尻目に上向きなのが唯一インターネット広告である。それにもかかわらず、本書は「マスコミの上顧客だった大手広告主がグーグルに乗り換えたから」という説はとらない。グーグルの台頭は、これまで広告を出したくても出せなかった無数の中小企業に広告の場を提供したにすぎないからだ。すなわち、新市場を開拓しただけである。むしろグーグルが広告界に果たした役割は、意外なものだという。
「グーグルは、検索やキーワードに対応した『パーソナル広告』を開発し、広告の露出だけではなくクリックという行動が伴って初めて課金される仕組みを提供することで、大手の広告主に『費用対効果が測りにくく、莫大な費用がかかるマス広告に意味はあるのか』と気づかせてしまった」(早稲田大学ビジネススクール・内田和成教授)。その結果、広告主は、より直接的に消費者にアクセスしうるメディアを模索し始めたのである。
「すでに広告の役割は、モノを売ることから、自前メディアへ誘導することに変化しつつある」。本書には、そうした兆しとなる事例がいくつも登場する。
冷凍うどんで有名な加ト吉は、半世紀も増収を続けた優良会社でありながら、二〇〇七年に循環取引が発覚、歴史の幕を閉じた。JTが加ト吉の全株式を取得、「カトキチ」はブランドとして残したまま、社名をテーブルマークへと変更した。信用は失墜、広告予算はほぼゼロの再出発である。そのカトキチの広報部長・末広栄二が、ツイッターで破天荒な活動を続けている。ツイッター界で絶大な人気を誇る、「ツイッター部長」である。