恋愛のことはあまり書かず、恋愛についての本もあまり読まない私。
世の中の多くの物語は恋愛絡みのものだし、また恋愛話というのは誰もが大好きなので、特に若い頃はなかなか難儀であったわけですが、しかし私は別に恋愛が嫌いなわけではありません。恋愛は何といっても「する」のが楽しいのであって、恋愛について読んだり書いたりしなくても別にいいじゃんねぇ、と思うから。
しかし世の中は、「こんなにたくさん恋愛をしています」「こんな風変わりな恋愛をしています」もしくは「こんなに豪快にモテません」という自慢合戦のようになっています。他人のモテおよび非モテほどどうでもいいものはないわけで、その手の自慢に接すると「うぇーっ」という気分になるのでした。
「片想いさん」も、一種の恋愛本と言えなくもないのかもしれません。しかしこれは、「片想いから一歩踏み出すことがなかなかできない」という一人の女性が書いた、エッセイ。片想いという状態を彼女はとても大切にしていて、非モテのうっぷんをバーチャルの世界で晴らすような今時の人々との間には、明確な一線が引かれています。今の世において、このようなエッセイが記されるという事実に、私は猛烈な新鮮さを感じたのです。
片想いから踏み出すことができない著者はティーンエイジャーというわけではなく、聡明な大人です。だからこそ、時に読者を驚かせるほど正直にそして冷静に、自己を客観視することができるのでしょう。自己を客観視した文章には、時としてウットリ感や自己憐憫臭が漂うものですが、しかしこの本にはその手の臭みは一切漂いません。それはおそらく著者がきちんと愛されて育った人だからなのであって、そんなわけでやはり最近流行りのトラウマ自慢のような記述も、一切ないのです。
著者の坂崎千春さんは、文章を専門に書く方ではありません。JR東日本のSuicaペンギンや千葉県のチーバくんなど、様々な名キャラクターを生み出したイラストレーターであり、絵本作家でもいらっしゃる。
坂崎さんの描くキャラクターはどれも、いつまでも見ていたくなる可愛らしさなのです。坂崎さんが引く一本の線そのものが、愛情に満ちて、清潔で、丁寧で、上品。そして私は、坂崎さんの文章を読む時も、同じ印象を覚えるのです。
本書には、エッセイの他にも、手書きの料理レシピ、本の紹介、そしてイラストも描かれていますが、文と絵の端々から、坂崎さんが日々の暮らしを淡々と楽しんでいらっしゃる様子が理解できるのでした。モテ自慢も非モテ自慢もでてこないこのエッセイが、どれほど私達に清々しい気分を与えてくださることか。
そして私は、久しぶりに片想いのせつなさを、思い出しました。人知れず誰かのことを思い、「でも下手に気持ちを伝えて嫌われて、友達ですらいられなくなるのも怖いし……」などとただ手をこまねいている、あの甘く痛い気持ち。女の子からでもすぐ「コクる」のだという今の若者はピンとこない感覚かもしれませんが、片想いの「せんない」気持ちがよみがえり、我が内なる処女性というものが思い起こされる一冊なのです。