──新作『花の鎖』は三人の女性を主人公に据えたミステリーですが、いままでの湊さんの作品とは一味も二味も違った意欲作だと思います。一読して思ったのは、登場人物が本当に魅力的だということです。そのうえ、ミステリー的な仕掛けも楽しめる。本当に面白く読みました。そもそも発想の出発点はどこにあったのですか。
湊 出発点は、数独パズルです。二〇〇八年にミステリー作家として単行本デビューさせて頂いて、もっと構成の勉強をしたいと思っていました。物語を構築していく過程を勉強するのに、パズルはどうだろうと始めたら、面白くて面白くて。小説を書くより、パズルの方が楽しいような状態でした。そうするうちに、別册文藝春秋編集部の方からお声をかけて頂き、三つの場面があるお話を書きたいと申し上げたんです。
──三人というより、三つの場面だったんですね。
湊 そうです。三つの舞台ですね。三つのステージの中にそれぞれ主人公がいて、そこでパズル的なものを構成したいという思いと、そういうパズルだけではなく、主人公の成長といいますか、「ここでこれがあったから、このことが起こる」という、人と人の繋がりをきちんと書きたいと思いました。いままでは、人間同士の負の連鎖を多く書いてきましたが、今度は、人と人の繋がりがよい方向に転じていく話を書きたいという思いも強かったですね。
──今回は、殺人事件もなければ、すっごくイヤな奴も出てこない。いままでのテイストと随分違うと思いましたが、それは意識的だったんですね。
湊 自分の中では「負」を描くことは、一区切りついたと思っているんです。書き切ったというよりも、そろそろ別の自分を試してみたかった。
──いわば、湊さんの中には、「黒湊さん」と「白湊さん」がいて、今回は「白湊さん」のご登場。
湊 そうです、白湊です(笑)。ただ、今までも意図的に負の方向へ進めて行ったわけではなくて、行き着く先を徹底的に追求した末に生まれたものだと思っています。『花の鎖』の場合も、無理にいい方向へ転じたわけではなくて、流れに沿って、行ける所まで行った末に生まれた小説です。
──書き始める前に登場人物のバックグラウンドを細かくお決めになると伺ったことがあります。今回も、かなり詳しく?
湊 そうですね。それぞれの気持ちの流れとか、こういう環境に置いたらどう考えるかなどはかなり練りました。ですので、読者の方が三人の女性の中に、何か自分にひっかかるところを感じてもらえたら嬉しいですね。誰に一番共感したかとか、自分を誰に投影したとか。男性読者ならば、どの女性がタイプだとか。
──梨花、紗月、美雪の三人のうち、誰が一番人気があるのか気になりますね。この小説で重要な役割を果たすのが、花束を毎年贈る、「K」という謎の人物です。この「K」は誰なのかという謎が物語を引っ張っていきますが、その謎解きだけで終わらないのが『花の鎖』の魅力だと思います。
湊 ただ、パズル的なものだけを狙ったのではなく、人間について書きたいという思いが先にあったので、早い段階で「謎」に気づかれたとしても、それはそれで楽しんでもらえるようにしたつもりです。
驚くような繋がり
──人生って、自分で決めているように思えても、実は一見関係ないことの影響を受けているし、思いがけないところで繋がっている。そんなことに、改めて気づかされます。
湊 ほんとうにそうだと思います。大学の友人の幼馴染が結婚したときの馴れ初めが、コンパに行った後にラーメンを一緒に食べたら、男の人よりも早く食べて、汁まで飲み干して、こんな豪快な女性は見たことないと相手が惚れこんで、交際が始まり結婚したんです。その話を聞いた七、八年後に私も結婚して、旦那さんとラーメンを食べながらこの話をしたら、「あれ、その話、聞いたことがある」と言い出して、よくよく話してみると、旦那さんの幼馴染だったんです。しかも、うちの近所に住んでいた。いまでは仲良くさせてもらってます。小説とは全然関係ない話で済みません(笑)。けど、そういう驚くような繋がりって実際にあるんです。
──『花の鎖』は、美味しそうな食べ物が出てきますね。例えば、「梅香堂」のきんつば。
湊 近所の和菓子屋で売っているきんつばが、おいしいんですよ。
──モデルがあるんですね(笑)。
湊 年に一回、祭りの日に買うんです。その日が来ると、一年たったことを実感できます。普段はお店の奥で焼いているんですが、祭りの日はお店の前で焼いていて、その焼き立てを箱に詰めてくれるんです。
──生クリームと餡こが混じったきんつばが出てきますが、本当に売っているんですか。
湊 いや、ないです。クリームと餡こが混じったドラ焼きを食べたことがあったので、きんつばでもいけるかと思って書きました。
──小説の中には、お花がたくさん出てきますね。
湊 トルコキキョウとりんどうが出てきますが、この花にはちょっとした思い出があるんです。大学生のとき信州のユースホステルでアルバイトをしていました。連泊したお客さんの中に、素敵な方がいたんです。ある日、その方が散歩から、トルコキキョウとりんどうを両手に抱えて帰ってきました。近隣の農家の方が切り分けてくださったそうです。素敵な人は花も貰うんだ、なんて感心したことを覚えています。そういう花にまつわる記憶って、みなさん何かしらあるんだと思います。うちにも小さな花壇があって、そこに、枯れてしまった黄色いバラを移植したら、咲き始めたんですよ。しかも、咲くと何かいいことが起こるんです。賞を頂いたときも咲きました。けど、去年の夏前に枯れて、花を付けなくなりました。これを見て、何だか私も一区切りついたということかなあと思ったんですね。いまは、赤いバラを植えています。
──新たにお花のことを調べたわけではなく、身近に覚えていたエピソードが小説の中に溶け込んでいるんですね。
湊 そうですね。今まで自分の人生に登場した花のエピソードを入れるなら、この本だと思ったんですね。山で綺麗だと思ったコマクサも、植物園でみるとそこまでの感動はなかったり、見る場所でも感じ方は違うし、誰と一緒に見るかでも違ってくる。そういう日常の中にある花のエピソードを書き込みました。
──小説の舞台は、何処にしているんですか。具体的なモデルはあるんですか。
湊 架空の町です。実在しない場所にしたほうが、読んでいる人たちは物語に入り易いと思っています。自分の生活している場所の延長線上にあるという感覚で、読んで欲しいと思っています。物語の世界だけど、どこか現実とつながっていると思って頂けるものを書きたいんです。
──『夜行観覧車』のような事件が起こるケースでも、やはり生活の延長線上にあることを感じます。
湊 有難うございます。うちの家はどうか、お隣さんはどうかと自分自身のことに置き換えてもらえたら嬉しいですね。私の場合、親子で読んで下さる方が多いようです。読んだ後、ちょっと微妙な空気になりながらも感想を言い合ったなんて声も聞きます。親子であれ友達であれ、読んだ後で、誰かと一緒に話したいと思えるような小説を書きたいと思っています。
──今回は、全くタイプの違う三人の女性が主人公ですが、湊さんは誰が一番好きですか。
湊 作者ですから、みな平等に好きです(笑)。けど、読者の方は好みが分かれるでしょうね。
お別れするのが、つらかった……
──まさに三者三様ですからね。以前のインタビューで、書いている登場人物にすごく入り込むけど、次の章へ行ったら、その人のことはすっかり忘れると伺ったことがあります。
湊 今回だけは、次の章に行っても切り捨てることができませんでした。今までは、書いてきた人物に感情移入をしないと決めていました。特定の人物に肩入れし過ぎると、本来、あるべきものとか、見えるべきものが歪んでしまうと思っていたからです。でも、今回は……もう、大好きなんですよ、ここに出てくる人たちが。
──この三人の女性たちが。
湊 三人だけでなく、他の人物もみんな好きなんですよ。お別れするのが、つらかったです。
──今回の作品は、サプライズはもちろんあるけれど、それ以上に人間ドラマを書き込もうという覚悟を感じます。○八年にデビューなさって、これが七作目になりますが、これまでの期間を振り返ると?
湊 あっという間でした。デビュー作『告白』は、映画化されたこともあって、長い期間話題になりました。ですので、自己紹介するときに、「『告白』を書いた」と頭に付けたら分かってもらえました。でも、そろそろ別の冠を付けたいというか、付けないといけない。本屋大賞を頂いたときは、「五年後の代表作を『告白』にしないようにします」と言いましたが、五年もしがみ付いていてはダメだと思ったんです。それよりは新しい作品を期待していただけるような作家になりたい。私の作品ですから、きっと悪意とか刺さるような言葉が出てくると期待されている方も多いと思います。でも、『花の鎖』を読んで、あ、それだけじゃないんだ、と思って欲しい。いまがまさに作家としての転換期だと思っています。
──そういう意味で、『花の鎖』は転換期、いわばセカンドステージの第一作なんですね。
湊 はい。次の自分を引っ張ってくれる作品だと思っています。出来の良し悪しは自分では分かりませんが、とにかく大好きな作品です。ですから、たくさんの人たちに読んで欲しい。読んだ後で、誰かに「ありがとう」と言いたい気持ちが湧いてきたら、これほど嬉しいことはありません。

