などと迂遠な書き方をしなくても、それが何であるかは本稿の書き出しからとっくに明らかだと思うが、本書はこのとんでもない事件をめぐる部員たち(外部の人間である天童も含む)の推理合戦がメインとなっている。現場となった部室は施錠されていて密室状態。数字錠の開け方を知っているのは内部の人間のみ。果たして犯行が可能だったのは誰か。そして動機は何か。極めて密度の濃い推理合戦が物語の大半を占めているのみならず、最後に暴かれる真相の意外性もかなりのもの。しかも意外なところに伏線が用意されていて感心させられる。それ以前に、あまりといえばあんまりな動機に脱力する可能性もあるけれど。
それにしても、ベストセラー『イニシエーション・ラブ』で著者を初めて知った読者がその次に本書に目を通せば、あまりの毒の強さに卒倒しかねない気もするが、恋愛をめぐる若者たちの心理描写は著者が得意とするところ。本書も一種の恋愛ミステリとして読めば、『イニシエーション・ラブ』や『セカンド・ラブ』と相通じるテイストが感じられはしないだろうか。
タイトルの『嫉妬事件』は、この物語が恋愛絡みであることを暗示しているが、同時にSHITの掛詞にもなっている。こういう凝った趣向は章題にも見られ(例えば1章の「尾籠サスピション」とは、作中でうんこが載せられるという悲運にあうジョン・ディクスン・カーの作品『疑惑の影』の原題“BELOW SUSPICION”を踏まえている)、あらゆるところに趣向を凝らす著者ならではの作品に仕上がっている(そういえば、BELOW SUSPICIONという言葉は、本書の想定外の真相をも暗示しているという解釈も可能だが……)。
著者にはタロット・カードをモチーフにした一連の作品があるが(例えば『塔の断章』なら「塔」のカード、『イニシエーション・ラブ』なら「恋人」のカード)、「エンプレス」という言葉が登場することから、本書は「女帝」のカードにあたると推察される。また、本書の天童太郎は、このタロット・シリーズに共通して登場するキャラクターである。それらのギミックは直接謎解きそのものには関わってこないけれども、こういった「わかるひとにはわかる」お遊びは、著者の愛読者ならより深く楽しめるサーヴィスとなっている。
なお今回の文春文庫版では、ボーナス・トラックとして作中の佐野翔子が執筆した犯人当て小説「三つの質疑」が併録されているが、いかにもアマチュアの作品っぽい書きぶりがなかなかリアルである。実際の京大推理研でもこの種の犯人当てが行なわれていたというが、読者諸氏も「読者への挑戦状」の段階で犯人当てにチャレンジしてみては如何だろうか。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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