【没後30年】なぜ写真家・星野道夫は、これほどまでに愛されるのか〉から続く

 写真家としてだけでなく、名文家としても知られる星野道夫さん。その静かで味わい深い文章を愛する人は多い。なかでも多くの人が「人生を変えた本」として挙げ、圧倒的な支持を得るのがエッセイ『旅をする木』。星野直子さんも「本当に大好きな1冊」と語るこの本が、ジャンルや国境を越えて愛されつづける理由とは?(前後編・前編はこちら)

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旅を続ける『旅をする木』

――『旅をする木』に入っているエッセイは朗読をされることも多いですが、近年音楽家の方とコラボしたり、YouTubeやステージで映像とともに紹介されたり、様々な広がりを見せていますね。紹介のされ方で特に印象に残っているもの、面白いと感じられたものはありますか。

星野 朗読の問い合わせは、以前からとても多いです。SNSやYouTubeで取り上げていただくこともありますが、私自身、積極的に見にいくことはあまりしていませんね。デジタルの世界にはなかなか馴染みきれていないところもあって。

 少し前になりますが、島根県の今井美術館が立ち上げられた〈旅をする本〉というプロジェクト(公式サイト https://tabiwosuruhon.com/)は、本当に素晴らしいなと思いました。もともとはNHKの番組が発端だったのですが、最初は90冊の『旅をする木』を、今井美術館や星野ゆかりの方にお配りし、感想をサイトに書き込んでいただいた後、次の方に本を渡していくことで、本に旅をさせる――そういうユニークな取り組みなんです。いまも続いていて、サイトでいま何番目の本が、どこで誰に読まれているか、マップで見ることができます。『旅をする木』がいろいろな人の手から手へ渡っていって、手に取った人を励ましたり、思いがけず遠くまで、それこそ旅をしているんです。

『旅をする木』はこれまで韓国語・中国語簡体字・スペイン語に翻訳されたが、今春、待望の英訳版が刊行された。

――「木」に横棒を1本加えただけで、「本」になる。最初に聞いたときは、ダジャレのようだなと思いましたが、ここまでプロジェクトが続いてきているって、すごいことですね。

星野 ほかの新たな試みといえば、大きなスクリーンに星野が撮影した写真を投影し、そこからインスピレーションを受けた音楽家haruka nakamuraさんが即興でピアノを演奏、エッセイを私が朗読する〈旅をする音楽〉というイベントのときは、新しい世界が拓けた、と感じました。これまで伝えてきたのは、写真と文章だけの音のない世界。そこに音楽が加わると、イマジネーションが何重にも広がっていく感じがしたんです。harukaさんもすごく星野のファンでいてくださって、その世界観を届けていきたい、と寄り添ってくれるような音楽でした。若い人たちに繋いでいきたいという思いも語って下さって、本当にありがたいです。

 不定期ではありますが、ナレーター・声優である磯部弘さんの朗読舞台〈悠久の自然 アラスカ〉も10年にわたり行われています。これも、作品を愛してくださっているからこそ、です。

〈旅をする音楽〉の映像は、haruka nakamuraさんの公式YouTubeチャンネルで見ることができる。 撮影・穴見春樹 写真提供・星野道夫事務所

――星野さんは素敵なエッセイをたくさん書かれていましたが、こういう広がり方は、ご本人も想像されていなかったでしょうね。

テレビ番組の撮影中に起きたサプライズ

――2022年に、写真家の大竹英洋さんがナビゲーターとなり、星野さんと親交のあった方や撮影場所を訪ねる旅の様子が、NHKの番組〈「ワイルドライフ」~アラスカ 悠久の自然 星野道夫が見たトナカイ大集結!~〉で放送されました。直子さんにとっては懐しかった人や場所も多かったのでは、と思いますが、ご覧になっていかがでしたか。

星野 アラスカには毎年戻っているので、会えている友達もいますが、シシュマレフ村(星野さんが19歳のとき、村長宛てに手紙を送って滞在した場所)にはなかなか行かれないので、クリフォード(星野さんを迎え入れた当時の村長)の元気そうな姿を見られたのは、嬉しかったですね。クリスマスカードは毎年送っていますが、普段の様子はわからないので。

――クリフォードさん、嬉しそうに「ミチオ」のことをお話しされていましたね。

星野 番組では懐かしい人にたくさん会えましたが、一方で、30年でこんなに変わったのか、と感じる部分も多かったです。一つは、カナダのハイダ・グワイという場所に大竹さんが行って撮った、引き潮の入り江のシーン。以前は海底に色鮮やかな生物がいたのですが、今回は色が全然違いました。水温が変わり、水草が生い茂ってしまったからではないかと思います。

 カリブーの秋の季節移動を追っているとき、友人のニック・ジャンズがボートを出して、星野が行った同じ場所に、大竹さんを連れていきましたね。大竹さんが撮った写真を見せてもらったのですが、93年に星野が撮った写真と比べると、植生が変わっているのがよくわかります。灌木や木が明らかに多くなっていました。

――いま世界的に温暖化が進んでいますが、アラスカの地も多くの影響を受けているのですね。

星野 番組のなかで驚いたのは、本当に示し合わしようにという感じですが、30年前に星野が撮っていたクジラと同じ個体に、出会ったことですね。クジラの尾びれの模様って、みんな違うんです。

星野さんが撮影した「コルヌコピア」の尾びれ。 photo by Michio Hoshino 写真提供・星野道夫事務所

 大竹さんには、星野が撮影したクジラの尾びれの写真を数枚、ロケに持って行ってもらっていました。研究者の人たちが持っているデータを見ながら、大竹さんがロケのときに撮った写真と比べてみると、「コルヌコピア」と名づけられているクジラの尾びれ裏の模様がぴったりと同じでした。あの広い海で出合えたなんてもう奇跡で、これはとても印象深かったです。

25年以上の時を経て発見されたカメラ

――奇跡の出会いといえば、2022年に生前星野さんが使っていたパノラマカメラが、アラスカの自宅から発見されたという大ニュースがありました。見つかった経緯を、教えていただけますか。

星野 はい。亡くなったあと、カメラや機材、原稿は、家中探して、すべて日本に持って帰っていました。でも、パノラマカメラというのは、すっかり頭から抜けていたんです。

 番組のほうから、ところでパノラマカメラはどこにあるんでしょう、と尋ねられて。事務所にはないし、そういえばどこにあるんだろう……まさかアラスカ? 自宅はすでに隈なく探していましたけど、普段めったに行かない地下に降りてみたら、なんか黒いボックスがあって、これは何だろうとよく見たら……。カメラのケースが入っていたんです。おそらく撮影から帰ってきて、ポンと置いたんでしょうね。まさかそんな所にあるとは、思いもしませんでした。

 大竹さんもいらしたので、お見せしたら、すぐにカウンターのところをのぞいて、「これフィルム入ってますよ」って。6コマ撮られていました。

――本当に世紀の発見ですね。そこから先がまた、大変だったとか。

星野 すぐに、アラスカから近いアメリカ本土で現像できるところがないか探したのですが、これというところが見つからなくて、日本に持ち帰ることにしました。空港のセキュリティの人に説明をし、書類も提出して、X線を通さずに目視でチェックをしてもらったんです。

 フジフイルムのカメラだったこともあり、日本ではいつもお世話になっているフジフイルムに持っていきました。最低でも25年はたっているので、フィルムを巻き上げるときに切れてしまう可能性もある。責任は誰も取れないので、じゃあ誰がやるかとなって、結局私がやることになりました。

 あらかじめ同じ種類のカメラで、巻き方の練習をしましたが、途中で一回ひっかかってしまって。

――それはドキドキしますね。

星野 巻き方がちょっと特殊で、一回違うところを回さないと次に回らない、それを教えていただきながら、なんとか最後まで巻き上げることができました。

 現像できたとしても、像は映らない可能性が高いですと、言われてもいました。

 星野がパノラマカメラでわざわざ撮っていたものは、もともと限られていたので、マクニール川のクマなのか、紅葉したツンドラにあるカリブーの頭骨と角なのか、あるいはホッキョクグマの可能性もあるな……と、想像しながら待ちました。

――そして出てきたのが、ホッキョクグマでした。

星野 はい。まず像が映っていたことに、本当に安心しました。経年劣化でピンク色に退色はしていましたが。

 最初のほうは氷原で、その何コマ目カにクマが映っている。クマを撮ろうとはしてたのだけれど、ずっと通るのを待っていたのか、あるいは行ったり来たりしていたのを撮っていたのか、それは分からないんですけれど。

 いま、ホッキョクグマの写真が出てきたっていうことに、考えさせられるものがありました。先ほども話したように、極地の環境もこの30年で顕著に変化していますから。

 実物を写真展で展示したときは、みなさんとても真剣に見ていましたね。

発見されたパノラマカメラのフィルムには、氷原、ホッキョクグマなど6枚の写真が確認でき、NHKニュースでも取り上げられた。 写真提供・星野道夫事務所

――没後30年になるこの夏、様々な写真展・企画が進行中と伺っています。あらためて30年を迎えてのお気持ちと、今後作品を未来へ受け継いでいくと考えたとき、心に留めていらっしゃることがあれば、ぜひ教えてください。

星野 30年を振り返ってみて、こんなに長くみなさんに作品を見続けてもらえるとは、思っていませんでした。やはり星野の作品を愛して、大切に思って、伝えていこうとして下さっている方たちのおかげです。

 星野本人が、「自分の写真や文章で、誰か一人でも励ましたり勇気づけることができれば」と望んだように、星野道夫の作品が皆さまの心とともにありましたら、大変嬉しく思います。

――ありがとうございました。

INFORMATION

〈星野道夫事務所〉https://www.michio-hoshino.com/
展覧会・イベントなどの最新情報は、こちらでご確認ください。

≪開催中≫
〇特別展「写真展 星野道夫 悠久の時を旅する」(東大阪市民美術センター)
2026年7月17日(金)~8月30日(日)
https://hos-higashiosaka-art.com/exhibition/detail/hoshinomichio/

〇「星野道夫写真展 ~NANOOK(ナヌーク) ホッキョクグマ 氷原の静かなる物語」(富士フイルムフォトサロン 東京)
2026年7月24日(金)~8月13日(木)
https://fujifilmsquare.jp/exhibition/260724_01.html