『BUTTER』『ナイルパーチの女子会(英題:HOOKED)』がイギリスを中心に世界各国でヒット中の柚木麻子さんに、荒木あかねさんの最新作『おむこさんは殺人鬼』を読んでいただきました。「Z世代のアガサ・クリスティ」との呼び声が高いミステリー界の新鋭の初の短編集を柚木さんはどのように読んだのか。レビューをお届けします。

左:柚木麻子さん 右:荒木あかねさん

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 オーサーズツアーでイギリスに行くようになり(すでに行く先々のブックフェスティバル関係者から、荒木あかねさんの大評判を耳に挟んでいる!)、読者さんと交流すると、日本作品の読まれ方の違いが、いつも興味深い。例えば、松本清張『点と線』は、「電車が時刻通りに来るなんてありえないので、あれは偶然にかけた殺人なのでは?」という具合だ。鉄道ミステリーといえば、アガサ・クリスティ『パディントン発4時50分』は、ミス・マープルの友人・マギリカディ夫人が並走する列車内の殺人を窓越しに目撃したことから始まるのだが、日本だったらマギリカディ夫人に目撃させるために周到に計画されたフェイク殺人ということになるはずだ、と私は話した。しかし、ロンドンのクリスティファンは、タイトルに時刻が取られていたとしても、その時間に並走する保証はないから不可能、と笑っていた。

 我々日本人にとって公共のルールや時間が破られることは少ない。ゆえに生み出されるトリックは多数あり、良いことのようでもありながら、支配され、従うことにもなれっこなのでは? とハッとなった瞬間である。

 前置きが長くなったが、「Z世代のアガサ・クリスティ」荒木あかねさんの短編集『おむこさんは殺人鬼』は、まさにクリスティが好んだ公共の乗り物が多数登場する。乗り物は時間通りにやってきて、厳格なルールに誰もが従わざるを得ない、コロナ後のどんどん貧しくなる日本が舞台だ。しかし、背中合わせで進み出す車内販売の二人のシンメトリーの美しさ、国語の不思議さから柔らかに解きほぐされていくダイイングメッセージなど、古典名作ミステリーの優雅な香りを感じて、うっとりさせられる。

『おむこさんは殺人鬼』書影

 家族制度に覆い隠された見えない暴力が数多く描かれ、周縁化された人々の「社会的にないことにされている視点」が事件を解決する鍵になっているところもクリスティと共通する。『パディントン発4時50分』で私がもっとも好きなのは、ミス・マープルが夫人の証言を信じる理由なのだが、女性同士の連帯が重要な働きをする点が素晴らしい。女性ペアが何パターンもでてくるのに、おなじみの展開という感じがまったくなくて、読むたびに新しい関係性にワクワクさせられる。それでいて、時代の限界として階級意識と植民地主義から逃れられなかったアガサ・クリスティよりも、作者はフェミニストとして自覚的で、謎解きを通して鎖でしばられたすべての人々を解き放とうと常に挑戦している。表題作の結末を読み、この作者の作品を全て読んでいくだろう確信に、何十年間分の喜びが担保され、私は今とても幸せである。

柚木麻子(ゆずき・あさこ)
1981年生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」(『終点のあの子』収録)でオール讀物新人賞を受賞しデビュー。『BUTTER』が2024年に英訳出版され世界でベストセラーに。他の著作に『ランチのアッコちゃん』『ナイルパーチの女子会』『ついでにジェントルメン』などがある。