2026年1月9日に発売となる諸田玲子さんの最新作『おまあ推理帖』は、アガサ・クリスティーが生んだイギリスの老婦人探偵ミス・マープルを、江戸時代の浅草に生まれ変わらせたミステリーです。クリスティー没後50年という節目の年に刊行されるこの短編集で、愛嬌の塊のような「おまあ」さんが江戸の町で起こる殺人事件を解き明かしていきます。諸田さんに作品について聞きました。
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――諸田さんは、なぜミス・マープルをモチーフにした作品を書こうと思ったのですか。
諸田:海外ミステリーが大好きで、特に昔の海外ミステリーの持つ心理ドラマのような雰囲気、エレガントな殺人といいますか、人間関係から生まれる事件がとても好きなんです。1980年代の終わりの『羊たちの沈黙』の頃からミステリーは変化していると感じていて、エレガントさよりもシリアルキラーが出てきたりする作風が増えました。でも田舎町で人間が愛したり憎んだり嫉妬したりという、愛すべきミステリーにずっと魅力を感じていたんです。
――今作で、多くの探偵が活躍するクリスティーの作品の中でも、特にミス・マープルに注目したのはなぜでしょうか。
諸田:クリスティーの作品には、ポアロやトミーとタペンスなど様々な魅力的な探偵が登場しますが、ミス・マープルはセント・メアリー・ミード村という場所で、みんなが日常生活を穏やかに送っている——そんな設定が江戸の町にぴったりだと思ったんです。ポワロのような都会の上流階級の雰囲気とは違い、ミス・マープルの持つ優しさや人との繋がりが、江戸時代の雰囲気によく合うと感じました。
――江戸の町の中でも、おまあさんは浅草に小さな家を構えています。
諸田:浅草には川があり、合羽橋があり、長屋があり、少し行けば田舎や郊外もあります。そして寺町としてお寺もたくさんある。この多彩な環境がミス・マープルの世界観に合っていると思いました。
――短編のタイトルも「袂に米粒を」や「銅鏡はくもって」、「復讐の咲耶姫」など、クリスティーの作品からインスパイアされたものが並んでいます。
諸田:クリスティーの作品には様々な歌や詩が登場し、言葉遊びや文字の引っかけなどがあります。そういった面白さや雰囲気を大切にして、読者の方が楽しんでもらえるよう意識しました。
恋や苦労、喪失の経験があるから、事件のあやが分かる
――おまあには意外な過去があり、そのため手裏剣の名手であったり、“夜駆のおりゅう”や“怒髪の勝次”といったかつての仲間の「老士組」も登場して活躍します。また、合羽長屋の少年・乙吉といった時代小説らしい魅力的な登場人物も作品を彩っています。そして、最後にはおまあの秘められた過去の恋も明らかになり……
諸田:アガサ・クリスティーの探偵たちが若い探偵ではなく年配者なのは、人生経験があるからこそ人間を見る目があり、探偵として活躍できるからなんですね。だから、おまあの人間関係や、おまあを支える人も大切に描きたいと思いました。恋もしただろうし、苦労もしただろうし、様々な人を失った経験もあるでしょう。そういう経験があるからこそ、事件のあやが分かるんです。ミス・マープルにも秘められた恋を描いた一編がありますよね。
――そういった深い人間性が、クリスティーのミステリーの本質であり、『おまあ推理帖』で描きたかったおまあたちの姿、ということでしょうか。
諸田:AIで作られた殺人事件ではなく、人間らしい生き方、人生が込められているところが、クリスティーの時代のミステリーの素晴らしさだと思います。だから『おまあ推理帖』でも、おまあの過去を掘り下げ、秘めた恋があったり、人に言えない職業があったりという部分を描きました。仲間や少年との関わりを通して、おまあの過去が徐々に浮かび上がってくる長編的な物語にしたかったのです。
――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
諸田:今は人と人との関係が希薄だと言われますが、実はそんなことはなくて、若い人も含めて皆さん様々な悩みを抱えていて、人間の本質は変わらないと思うんです。おまあに癒されたり、楽しんだり、笑ったり泣いたりして、日常から少し離れて嫌なことを忘れられるような小説となっていたら嬉しいです。
『おまあ推理帖』は2026年1月9日発売。クリスティーへのオマージュが感じられる美しい装丁の表紙も注目です。江戸時代の浅草を舞台に、人間の本質を見抜くおまあの推理と、彼女自身の秘められた過去が徐々に明らかになっていく物語を、ぜひ手に取ってご覧ください。









