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荒木あかね 道行く先のミステリ(リレーコラム「偏愛読書館」)

荒木あかね 道行く先のミステリ(リレーコラム「偏愛読書館」)

出典 : #オール讀物
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

あらきあかね 1998年福岡県生まれ。九州大学文学部卒業。2022年、第68回江戸川乱歩賞を史上最年少(23歳7ヵ月)で受賞した『此の世の果ての殺人』でデビューし大きな話題に。

 一つのことに打ち込むのが苦手だ。新しいことを始めるのは大好きだけれど、すぐに目移りしてしまううえに諦めも早いので、たくさんの挫折を経験してきた。

 中学3年生の夏――そろそろ高校受験に向けて本腰を入れて勉強しなきゃいけないぞ、というムードが教室に漂いはじめた。当時からむら気なところがあった私は、受験勉強一本に絞られた環境に耐えきれず、学校の図書室へと足繁く通うようになった。そうしてなんとなく手に取った一冊が、読み切りのミステリ小説を集めたムック『オールスイリ2012』(文藝春秋)である。中には有栖川有栖「探偵、青の時代」が収録されていたのだが、その作品がまさしく運命の出会いだった。

「探偵、青の時代」は、犯罪学者の火村英生を探偵役とした大人気シリーズの短編であり、彼が学生時代に遭遇した小さな事件を描いている。名探偵誕生前夜と言うべきエピソードだ。本作の魅力は、なんといっても手がかりの開示の仕方の鮮やかさ、清々しさ。それまでほとんどミステリ小説を読んでこなかった15歳の私も、真相解明のシーンでは思わず前のめりになり、読み終えると同時に「私もこんな小説を書きたい!」とミステリ作家を志すようになった。

 さて、私などが今更説明する必要もないだろうが、シリーズの主人公・火村英生には、語学堪能という設定がある。特に『マレー鉄道の謎』では、彼の語学知識の豊かさがたっぷり描写されているのではなかろうか。

 順調に火村シリーズを読み進めていくうちに、火村先生が英語だけではなく仏独語も喋れるということを知った学生時代の私は、そのあまりにも恰好よすぎる設定に胸を打たれた。大学入学後、第二外国語にはドイツ語を選択し、「私も火村先生のように複数の言語を習得してやる」と固く決意したのだが、しかし現実は甘くなかった。ドイツ語はあまりにも難解で、ほんの数回授業を受けただけで自分に語学の才がないことを悟ったのだ。しかし、ドイツ語の授業を受講したことをきっかけとしてドイツ語圏のミステリへの興味が高まり、イングリート・ノルの『女薬剤師』と出会うことができたのはラッキーだったと言えるだろう。

 物語は、薬剤師である主人公・ヘラが過去を回想していく形で進む。入院中であるヘラは、相部屋の患者を相手に自分の過去について夜毎語るのだが、物語が進むにつれ、彼女の秘密と欲望が徐々に露わになっていくのだ。自らの罪を自覚しながらも、決して歩みを止めることなく未来に向かって突き進んでいく主人公は、大学生の私に強烈なインパクトを残した。

 当時――大学1年の秋頃はちょうど、新生活の忙しさにかまけて小説を執筆する時間を削ってしまっていた時期で、夢へのモチベーションも低下していたのだが、『女薬剤師』を読んでからというもの、主人公ヘラの魅力に引きずられるように、やっぱりミステリを書きたいと改めて強く願うようになった。今となっては、パッと出てくるドイツ語はエントシュルディグング(訳:すみません)ただ一つだけれど、あのときドイツ語の授業を選んでよかったと思う。

 小説家になりたいという漠然とした夢は、大学生活を送るうちに具体的な目標へと成長していき、フィクションを創作するための勉強と称して映画をよく観るようになった。それで韓国映画にハマって、大学3年生のときは韓国語の講座を取ったのだが、やる気に反してテスト結果はびっくりするくらい酷かったし、単位も超ギリギリだった。「もう懲り懲りだよ~」と思っていたのに、昨年作家デビューを果たしてから、性懲りもなくまた韓国語の勉強を始めた。――私は万事がこんな感じで生きている。

 偏愛読書館の執筆依頼を受けたときは、不思議な縁を感じた。なにせ、私がミステリ作家を志すきっかけとなった一冊『オールスイリ』は、この「オール讀物」の増刊である。まさかミステリ作家になって『オール讀物』で文章を書かせてもらう日が来るとは、夢にも思わなかった。

 さらに今年の春、「オール讀物」編集部の皆さまより、『オールスイリ2012』をご恵贈いただき、中学卒業以来、約10年ぶりの再会を果たした。しかも「探偵、青の時代」の扉に有栖川有栖先生の直筆サインが記されているという、特別仕様である。誌面を借りて改めてお礼申し上げます。家宝にします!

 思えば中3の夏、私が不真面目な生徒でなければ――勉強を嫌って図書室へと逃げ込むような生徒でなければ、『オールスイリ』を手に取ることはなかっただろう。寄り道の多すぎる人生だが、その意志薄弱な性質によって一冊の本と出会い、夢と仕事を得たのだ。などと言い連ねて自己正当化してみれば、飽きっぽい自分のことも愛せるような気がする。


(「オール讀物」7月号より)

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